い」
 と無分別にも善い人だけに左様な心得違いを思い起しましたが、差料の脇差を親父が渡しませんから、何うかして取りたい、是は女房を頼んで取るより外《ほか》に仕方が無いと、往《ゆ》き難《にく》いけれども勘忍して、丁度午後三時少し廻った時分でございましょう、恐々ながら江川村へ這入りました、此処から我家《わがや》に近いから、寺の門の下に立って居たら子供でも出て来やアしないかと思って居ります処へ、布卷吉と云う七歳になる、色の白い、下膨れな可愛らしい子供が学校から帰りでチョコ/\と向うから出て来たのを見附け、
茂「おい布卷吉」
布「いやアお父《とっ》さん能く来たねえ、お母《っか》さんがね案じて居るよ」
茂「あい……誠にお父さんは面目ないから、お前からお母さんに詫言《わびこと》を云ってくれ、お祖父《じい》さんは何うした」
布「アノ祖父《おじい》ちゃんはね、恐ろしく怒ってるよ、お祖父ちゃんはね、アノ彼《あ》んなやくざな者は無い、駄目だって、アノ芸妓《げいしゃ》や何かに、アノ迷って、アノ此んな大切《だいじ》なお金を費《つか》うようなものは愚を極《きわ》めたんだって、それだから迚《とて》も此の身代は譲れないから、汝《てまえ》の親父は寄せ附けないって、アノ坊が大きくなると此の身代は悉皆《みんな》坊にやるから、彼奴を親と思うじゃア無い、お母《っかあ》ばかり親と思って勉強しろってね、それから学校へ往《い》くの」
茂「私《わし》はお前のお祖父さんにもお母《っかあ》にも面目無い、私はもう縁が切れて居るから他人のようなものだが、只《たっ》た一目お前のお母に逢って詫言《わびごと》を為《し》たくって、お父さんは態々《わざ/\》忍んで来たんだが、ちょいと内証《ないしょ》でお母を呼び出してくんな」
布「呼び出せってお母は来やアしないよ、お父さんに内証で逢うと、然《そ》うするとアノ誰も彼も家《うち》に置かないとお祖父ちゃんが然う云ってるのだから、お母さんに来いたって、お父さんには逢えないよ」
茂「それは然うでも有ろうけれども、お祖父さんに内証《ないしょう》でお母に逢い、一言詫がしたいんだ、お父さんは最う悉皆《すっかり》眼が覚めて、本当に辛抱人に成ったと然う云って、ちょいとお母さんを呼んで来てくれ」
布「だってお祖父ちゃんに叱られるもの、愚を極めた者に逢うと此方《こっち》も愚になるから逢うなと然う云ったもの
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