結構に出来ましたな」
下婢「本当に当家《こゝ》は客を大切にするが、此の位に致しませんではお客が殖えますまい……貴方はお一方《ひとかた》ですが、御新造をお連れなさいませんのですか」
治「ヘヽヽ私には其様《そん》なものはないので、独身者でございます」
下婢「おや然《そ》うでございますか」
治「ヘー……お宅《うち》は」
下婢「極く野暮な処でございますよ、青山で」
治「へえー東京《とうけい》の青山と申すと四谷の方でございますか」
下婢「四谷とも違いますが、信濃殿町《しなんどのまち》と申しまするので奥さまは未だお若うございますが、御運が悪くって殿さまが御逝去《おかくれ》になりまして、今年で丁度四年の間お一方でいらっしゃいますが、何も御不自由のないお身の上でありますから、お寒い中《うち》は大概熱海の藤屋へ往っていらっしゃいますが、今度は伊香保へ来たいと仰しゃって、箱根へ往らしったり何《なん》かなさいますけれども、箱根のお湯は遊山には宜しゅうございますが、お血の道には当地の方が宜《い》いと云うので、いらっしゃいましたのですよ」
治「へえ、殿様はお逝去に……官員さまで在らっしゃいましたか、何処《どれ》へお勤めなさいましたので」
下婢「何とか云いましたっけえ、お寺見たような名で、アノー元老院とか云う」
治「えゝー成程、左様でございますか、それじゃア上等の官員さまで」
下婢「お実家《さと》はお兄《あにい》さまは銀行の頭取をなすって居らっしゃいますので」
治「銀行、ヘエー前橋にも支店が有りまして御懇意の方もありますが、ヘエー左様でございますか、成程深川でいらっしゃいますかお実家《さと》は」
下婢「あの今晩は月が宜しゅうございますので、裏の方を見ますと流れが見えて、誠に景色が宜しゅうございますから、別段何もございませんが、頂戴の鮎で一口上げたいが、知らない人ばかりでいけないと思ってますと、貴方のお身の上を承わりまするのに、彼《あれ》は前橋の斯う云う身の上のお方だと承知致しまして、彼《あ》のお方なればって、奥さまも御退屈ですから何卒《どうぞ》入らしって下さいまし」
治「それは誠に有難う……ヘエ是非出ます、屹度参ります」
下婢「屹度お待ち申して居ります、左様なら」
と云い捨てゝ出て往《ゆ》きました。
六十八
桑原治平は嬉しいので逆《のぼ》せ上りました。別嬪に一|献《こん
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