れねえって貴方《あんた》の事ばかり云ってますぜ……どうせ館林へ出て足利まで往《ゆ》くのなら、瑞穂野へは通り道で遠くもねえから、私と一緒においでなさらねえか」

        六十四

由「へえー何うも是れは思い掛けない事で、矢張《やっぱり》これは御縁があるのでげす、彼《あ》の時から岡惚れをして居たので、いまだに忘れないで居て、貴方が会うとまた尚お惚れますぜ」
幸「止しねえな」
由「親方是非是れはお供を願いたいもので、此の旦那は大変な御親切な方で、彼《あ》の御新造がお癪を起した時などは大骨折りで、御介抱をなすって寝ずに撫《さす》って上げなすった位で」
幸「其様《そん》な事はありゃアしない」
由「なに……此の坊ちゃんの剣術習いや何《なん》かもありますから私共も共々に往って願いましょう」
幸「余計な事を云いなさんな……私《わたくし》も誠に久し振でお目に懸りとう存じますから、何うか御案内を願いたいもので」
市「えゝ参りましょうが今夜は最う遅いから明日《あす》の事に致しましょう」
 と是れから酒を酌交《くみかわ》せ、橋本幸三郎が彼《か》の老人にも御馳走を致し、翌日|腕車《くるま》で瑞穂野村なる万福寺へ参って見ると、樹木繁茂致し、また一面に田畑も見晴しの好《よ》い処で、生垣にてちょっとした門形《もんがた》の処《とこ》を這入りまして、
市「はい御免なさい、御免なせえ、何んとか云ったっけお女中……」
女中「はい……おやおいでなさい……旦那、彼《あ》の筏乗の市さんと云う方が参りましたよ」
修「然《そ》うか……おゝ能く出て来たなア、堅いから時々訪ずれてくれて誠に忝《かたじ》けない……さア此方《こっち》へお出で」
市「これは殿さま、其の後《のち》は誠に御無沙汰を致しやした、ちょいと上らねえばなんねえが、遂々《つい/\》御無沙汰になりまして相済みません」
修「此の間は結構な茸をくれて大層旨かったが、今は初ものだのう」
市「然うかね」
修「今日は何処へ」
市「なに関宿まで参《めえ》りやして、野田へ廻ったり何かして、蒸汽で川俣まで[#「川俣まで」は底本では「川俟まで」]参りまして雨に降られやしたが、でけえ雷鳴《かみなり》で驚きやした、今朝は腕車《くるま》で此処まで参りました」
修「道理で大層早いと思った」
市「えゝ殿さま、今日|私《わし》イ貴方《あんた》に折入って願《ねげ》えがあって参《めえ
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