多かろうから、番頭さん始め若い衆から朋輩衆の機嫌を取損《とりそこな》わねえようにして、怠りなく旦那さまを大切《だいじ》に為《し》なければならねえよ」
布「お祖父さん、私《わし》は奉公が厭になりましたから、今日|直《すぐ》に足利へ連れて帰って下さいな、誠に御無理な事を云うようでございますけれども、今日お前さんのおいでなすったのは幸いでございますから、何卒《どうぞ》お暇《ひま》を戴いて帰り、私《わたし》はお祖父さんの傍《そば》に居とうございます」
佐「お前は私《わし》の顔を見ると其様《そん》な事ばかり云う、それだから私は滅多に顔出しをしないのだ……それは辛らいさ、辛いけれども何様《どん》な人だって奉公を為《し》て、他人の中を見て其の苦しみをして来たものでなければ役には立ちません、お祖父さんの傍に置いて、何でもはい/\とお前の云うなり次第に気儘にすれば馬鹿に成っちまいますから、辛かろうが他人の中《うち》で辛抱して、何様な事でも生涯の立つ事を覚えなければ成りません、殊に結構なお店《たな》で、旦那さまもお慈悲深《なさけぶか》いし、文明開化の事も能く御存じのお方ゆえ、何でもすがって居なければならねえのに、苟《かりそ》めにも帰りたいなどと云っては成りません、何だって其様なことを云う」
五十六
布「お祖父さん、あんたは老《と》るお年でございますから、お父《とっ》さんお母《っか》さんも死んでから、お祖父さんのお蔭で私は斯様《こんな》に大きくなりましたが、幾らお達者だって、最う六十の上六つも越して入らっしゃるから、翌《あす》が日病みお煩いに成っても、お薬一服煎じて貴方に服《の》ませるものはありませんと思えば、熱かったり寒かったりする度《たび》に気になりまして、お前さんの事を朝晩忘れた事はありません…復《また》奉公に参りますまでも一旦は帰りとうございますから何卒《どうぞ》お暇を戴いて下さいまし」
佐「お前そんな事を云っては困ったなア……お祖父さんは無いものと思え、お祖父さんの事などを思って奉公が出来るものか、お祖父さんも以前《まえ》は大小を差して、戸田家にて仮令《たとえ》少禄でも御扶持《ごふぢ》を戴いたものだ、其の孫だからお前も武士《さむらい》の血統《ちすじ》を引いて居るではないか、忠孝|全《まった》からずと云うて、奉公をする身は仮令両親があっても主人に事《つか》える
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