ら、彼《あれ》を雇って来ますと、至って正直者のように思いましたから目を掛けて遣りましたが、そんなら彼奴《あいつ》がお藤さまを連れ出して無慙《むざん》にも殺しましたかえ」
市「殺したって殺さねえってとぼけてもいかねえ、さア警察署へ一緒に往《い》きなせえ」
幸「まア/\静かにして下さいまし、私《わたくし》も籍のないもんじゃアありませんから、決して逃げ隠れは致しません、私は全く橋本幸三郎と申して少々ばかり御用を達《た》す身の上でございまして…この岡村由兵衞と申すものは奉公人てえ訳ではない、日頃宅へ出入りを致すもので、木挽町に居ります何も胡乱《うろん》の者では有りません、全く私が連れて参った供でないと云う証拠の有るのは、伊香保の木暮八郎方でお聞きなすっても、渋川の達磨茶屋で聞きましても分りますが、私共へ縄を掛けて引くと仰しゃるのは誠に迷惑致しますが、其の代り出る所へ出て申訳は致しましょう」
市「さア早く出る所へ出なさい」
幸「それではお藤さまには誠にお気の毒でげしたが、何《なん》にしてもお怪我は有りませんでしたか」
市「怪我はないだってよ、藤蔓の間へぶら下って居たから宜《い》いようなものゝ、下へ落れば巨《おお》きな岩が幾つも有るから身体は微塵に打《ぶ》っ砕けるだが、幸い私《わし》が下に居たから助けて上げたけれども、二人の車夫は人を殺し鞄と荷物を引っ浚《さら》って何処かへ逃げやがったのだ」
幸「へえ、成程、私《わたし》の方でも昨夜賊難に遇《あ》いまして、是から其の届けを致そうと存じ、騒ぎをやってるのでげすが、兎に角斯う致しましょう、ねえ由さん、此処から使《つかい》を遣って伊香保の木暮八郎の手代と渋川の達磨茶屋の主人を呼びましょう、幾ら金がかゝっても仕方がないから」
由「然《そ》うでございますとも」
と直《すぐ》に手紙を認《したゝ》め、早速来てくれるようにと申して遣ると、木暮八郎方の番頭も参り、達磨茶屋の亭主も来ましたから、打連れ立って原町の警察署へ参りまして、段々調べになりますと、全く車夫の峯松と杢八という渋川から従《つ》いて参った処の悪車夫二人にて人を殺し、鞄と荷物を引っ浚って逃げたに相違ない事が判然いたしました。されども其の者|等《ら》の行方は未だ知れませんが、全く知らん車夫ゆえ橋本幸三郎は宜《い》い塩梅に身遁《みのが》れは出来ましたが、是がために二週間ばかりと云うもの
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