松てえ車夫《くるまひき》が有りやすか」
幸「はい峯松と申すものはございますが、伊香保へ残して私共は此方《こっち》へ参りましたが、何か御用でげすか」
市「その峯松を隠さずに此処へ出してお貰え申してえ」
幸「左様《さよう》でございます、何う云うなんでげすか……おい由さん引込《ひっこ》んでちゃいけねえよ、此処へ来て掛合っておくれなお前」
といわれて由兵衞が其処へ出て参り
由「へえおいでなさいまし」
市「お前は何んだ」
由「へえ手前《てまい》は此の旦那のお供をして参りました由兵衞と申すものでございますが、貴方は何んの御用で入らっしゃいました、峯松と申す車夫《くるまひき》は伊香保へ残して置き、旦那と私だけ先へ此方《こっち》へ参りまして、二週間ばかり見物かた/″\湯治に参ったのでげすが、へえ」
市「其様《そん》な事は何うでも宜《い》いから、早く其の峯松てえ奴を此処へ出してくれ」
由「へえ…早く此処へ出せと仰しゃっても只今|申上《もうしあげ》る通り当人が居りませんので」
市「居ねえたって貴下方《あなたがた》の供だから出さねばなんねえ訳じゃアねえか」
由「何んでげす、何う云う訳なんですか存じませんが、居らんものを出せと仰しゃっちゃ困ります」
市「その野郎を此処へ出しておくんなさらなけりゃア、私《わし》イハア、お前さんがたをたゞア置かねえぞ、首でも引ん捻《ねじ》って押《おさ》めえて、本当に原町の警察署へしょぴいてッて、私イハア屹度それだけの処分《さばき》を附けねばなんねえ」
由「驚きやしたな、無闇に首を捻るなどと仰しゃっても、私共《わたくしども》は生きて居る人間だから、捻るたって黙って貴方に首を捻られるものでも有りませんが、タヾ峯松は居ねえが此処へ出せと無闇に御立腹に成って仰しゃっては分りませんので、へえ」
市「分らねえ事はねえ、其方《そっち》に悪い廉《かど》が有るから参ったゞ、人を殺して物を奪《と》る奴ア盗賊《どろぼう》に違《ちが》えねえから、警察署へしょぴいて往《い》くのに何も不思議はねえ、当然《あたりめえ》の話しだ」
由「へえー、彼奴《あいつ》が人を殺しましたか」
市「ムムーしらばっくれるな野郎、汝《うぬ》らも峯松の同類に違《ちげ》えねえ、伊香保の木暮八郎ン処《とこ》にお前方《めえがた》逗留して居る時分、己《おら》ア知んねえけれども、何だか御用達の旦那さまだとか金持だとかなま
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