い嬢さんだが、どう云う訳で山の中へ来て居ると云うのでね、旦那が大変心配ですが、貴方は東京ですね」
女「はい東京でございます」
由「どういう訳で」
女「はい、いえなにもう種々《いろ/\》深い訳があります」
由「へえ、こりゃアどうも深い訳があるに違いないのでしょう、どうも此の鯉の鱗《こけ》ばかりを煮て出すなんてえのは恐れ入りました、不思議で、どういう訳で、えゝ」
女「なにもう種々」
由「そこをお聞き申したいので、姉さん困りましたねえ」
幸「これは真《ほん》の心ばかりです」
由「旦那がこれを」
女「誠に恐入ります」
由「構わずお仕舞なさい、落すといけませんから、仕舞い悪《にく》いものですが帯の間へ……宜しい私が挟んで上げましょう」
女「いえ、いけません」
由「どうも恐入った、手を付けて帯の間へヒョイと云う、これは遣りたがるからねえ、ヘエー、どうも有難い」
幸「姉さん東京は何処、私共も東京で」
女「はい、東京のお方と見ますと誠にお懐かしくって、つい何うもお座敷へ参りましても、東京のお方だと、種々御様子を承わりとうございますから、遂々《つい/\》長く居ります」
由「こりゃアそうでげしょう、伊香保でも、東京は違いはしませんか、観音様は矢張|彼処《あすこ》にありますかッて聞いた人がありましたが、あれだね、どうも妙なもので、此処は旅で、旅で会うのは親類で無くっても落合うと親類のような気がして、懐かしいもので、変なもので、伊香保なんぞへ往《い》って居ると交際《つきあい》が殖《ふえ》る、帰って見ると先達《せんだっ》ては伊香保でと云うので、麻布《あざぶ》の人が品川《しながわ》、品川の人が根岸《ねぎし》へ来て段々縁が繋《つな》がり、お前さんの処へ娘を上げましょう養子に上げましょうなどと云って、親類がこんがらかる事があります、湯治場は一体親類|殖《ふや》しの処で、貴方は東京は何方《どちら》で、何か訳があるのでしょう、えゝ秘《かく》したっていけません、何《ど》んな山の中でも思う人と添うならばと云う、これは当り前で、吾妻川で布などを晒《さら》して、合間に鯉こくの骨を取って種々な事をなさるんでしょう」
女「そんな訳で来たのではございません」
由[#「由」は底本では「女」]「どう云う訳で」
幸「止しねえよ…貴方お屋敷だねえ」
女「はい誠に不粋者《ぶいきもの》でございます」

        四十一

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