ますから、若《も》し又お帰りの時お邪魔なら私が方へ引《ひけ》を立って取りますから」
由「幾らに取るえ」
女「左様《そう》でがんす、一つまア七厘|宛《ずつ》に取りやす」
由「じゃアまア買って置きますよ……七厘ばかり取ってお前の方へ売っても詰らねえから……申し旦那、これを買って東京へ土産に持って帰って、是は四万の名物|首痛枕《くびいたまくら》とか何とか云って提げて行《ゆ》くのは洒落です」
 とこれから酒を飲み御膳を食べにかゝる。其のうち又由兵衞がおしゃべりをして居ると、しとやかに障子を明けて、
女「御免なさい、私は鈴木屋でございます」
由「鈴木屋さんか、先刻《さっき》から」
 と見ると前の女とは大違い、年の頃は廿一二でございましょう、色のくっきりと白い、品の好《い》い愛敬のあります、何うして此様《こん》な山の中に斯ういう美人が住《すま》うかと思うくらいで、左様《そん》な処へ参ると又尚更目に付きますから二人とも見惚《みと》れて居ります。
女「お通《かよい》をこれへ置きますから、若しも御用がございますなら仰しゃり付けて下さいまし、度々《たび/\》出ますでございますから」
由「へえ宜しゅうございます、是非戴きます、貴方のなら何でも戴きます、何がございます」
女「はい、鳥と鰌鍋ができますので」
由「それもよし」
女「玉子焼」
由「それもよし」
女「鯉こくもございます」
由「それも」
幸「其様《そんな》に誂えてどうする」
由「まア誂えやアしませんがねえ……何か外に肴が出来ますか」
女「アノ鰥《やまめ》が出来ます」
由「寡婦《やもめ》、それは有難い、やもめ[#「やもめ」に傍点]の好《よ》いのはないかと心掛けて居《い》るので」
幸「お前の隣のは寡婦じゃアねえか」
由「ありゃア西洋洗濯を此の頃覚えた六十八歳という寡婦の大博士、毛が生えて天上する、ありゃアいけません……」
幸「じゃアお前さん後《あと》でその鰥を持って来ておくれ」
女「へえ誠に有難うございます……」
 と云いながら静かに障子をしめて出て往《ゆ》く。
由「旦那何でしょう、どうもお辞儀の丁寧だってえないねえ、様子がずっとどうも、あのお辞儀の仕方は此方《こっち》が自然《ひとりで》に頭が下《さが》るくらいで、丁寧で、何でしょう」
幸「何だか知れねえが只者じゃアねえ」
由「山の中へ逃げて来たのでげしょう」
幸「何か仔細がある事だろう
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