いと、旦那のお小言が私《わし》の方へ来るから本当に迷惑だ、冗談じゃアないぜ」
文「誠に遅くなりました、つい高橋様のお相手を為《し》て居りまして、御機嫌を取り/\種々《いろ/\》お話しになりましたので、大きに遅くなりまして誠に相済みません」
平「旦那文七が帰りました」
主「さア/\此方《こっち》へ遣《よこ》しておくれ、実に困ります」
文「旦那只今、高橋様で種々世の中のお話が有りまして、又碁のお相手を致したものですから大きに遅くなりました、えゝそれから高橋様が此方《こちら》から持って参りました革の財布を御覧なさいまして、商人《あきんど》は妙な財布を持つ、少し借り度《た》い、其の代り此方の縞の財布を貸して遣ると仰しゃって、是を拝借致しまして、金子は慥《たしか》に百両受取って参りましたから、お改めなすってお受け取り下さいますように」
主「なに金を……何を云うんだな、変な人だな、実に、文七は使《つかい》に出せないね、本当に」
七
主人「お得意先へ掛け廻りに往って、其処《そこ》でお相手をするったって碁を打つという事はありませんよ、お前は碁にかゝるとカラ夢中だから困る、お前が帰って仕舞った後《あと》を見ると碁盤の下に財布の中へ百両入ったなり有ったから、高橋|様《さん》がお驚きなすって、さぞ案じて居るだろうから早く知らせて遣れと仰しゃって、彼方《あちら》の御家来が二人で提灯《ちょうちん》を点《つ》けて先刻《さっき》金子は届けて下すったのに、虚言《うそ》を吐《つ》いて……革財布は彼方で入用《いりよう》とはなんだ、ちゃんと此処《こゝ》に百金届いていますよ……其の百両の金は何処《どっ》から持って来たんだ」
文「ヘエ……それは大変」
主「なに」
文「それは何《ど》うも、大変な事で」
主「何《な》んだ」
文「ヘエ………それじゃア私ゃ奪《と》られなかったんだ」
主「何んだ、お前はどうも訳の解らん事を云うからしょうがない、平助どん、此の金の出所《でどころ》を調べておくれ、イエサ、未だ二十二や三になるものに、百両という大金を自由にされるような事は有るまい、お前へ店を預けて置くのに、またこれがどう云う融通をして、何処《どこ》に金を預けて置くか知れねえから此の百両の出所《でどこ》を調べてくんな」
平「ヘエ……おい、お前|私《わし》が迷惑するよ、冗談じゃアない、困るよ、疾《と》うに金は届いてる処《とこ》へ又百両持って来るてえのは訝《おか》しいじゃアないか」
文「ヘエ/\、誠に粗忽《そこつ》千万な事を致しました、何《な》んとも何《ど》うも申訳はございませんが、実は慥《たし》かに懐へ入れてお邸《やしき》を出た了簡でございまして、枕橋まで参ると怪しい奴が私《わたくし》に突き当りながら、グッと手を私の懐の中へ入れました時に奪《と》られたに違いないと思い、小僧の使じゃアなし、旦那様に申訳がない、百両の金子を奪られては済まんと存じまして、吾妻橋から身を投げようと致す所へ通り掛ったお職人|体《てい》の方が私《わたし》を抱き止めて、何ういう訳で死ぬかと尋ねましたから、これ/\と申すと、それは気の毒だ、此処《こゝ》に百両有る、これを汝《てめえ》に遣るから泥坊に奪られない積りで主人の処《とこ》へ往くが宜《い》い、併《しか》しそれは尋常《ただ》の金じゃない、たった一人の娘が身を売った身《み》の代金《しろきん》だけれども、これを汝に遣るからと仰しゃって、御親切なお方に戴いて参りましたのでございます」
主「イヤハヤ何《ど》うも呆れちまった、何うだろう、其のお方が通らんければドブリと飛び込んで仕舞い、土左衛門になっちまったんだ、アヽ危い処《とこ》だ、ムヽ、其のお方はお前の命の親だ、御真実なお人だの、何うも百金と云う金を直《す》ぐに恵んで下さるとは有難いお方だ、その何は何処《どこ》のお方で何《な》んと云うお方様だ」
文「ヘエ……何んてえお方だか存じません」
主「馬鹿だねお前何うもコレ百両という大金を戴きながら、其のお方のお名前も宿所《しゅくしょ》も聞かんてえ事はありませんよ」
文「お名前も所もお聞き申す間もないので、アレ/\といってる中《うち》に、ポンと金を打《ぶ》ッ附けて逃げて往《ゆ》きました」
主「金を人に投げ附けて逃げて行《ゆ》く奴があるものか、お名前が知れんじゃアお礼の為《し》ようもなし、本当に困るじゃアねえか」
文「ヘエ、誠に何うも済みませんで」
主「ムー……娘を売った金とかいったな」
文「ヘエ、その今年十七になるお久さんという娘の身を角海老へ売った金が百両あるから、これをお前に遣るが、娘は女郎《じょうろ》にならなけりゃアならない、悪い病を受けて死ぬかも知れないから、明暮《あけくれ》凶事のないように、平常《ふだん》信心す
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