がない、お米が天から授からないので」
内儀「そんな事を云っていらしっては困ります、何処へでも忠実《まめ》にお歩きあそばせば、御贔屓のお方もいかいこと有りまして来い/\と仰しゃるのにお出でにもならず、実に困ります、殊に日外中《いっかじゅう》度々《たび/″\》お手紙をよこして下すった番町の石川様にもお気の毒様で、食べるお米が無くっても、あなたは心柄で宜しゅうございましょうが、私《わたくし》は実に困ります」
七「困ったって、私《わし》は人の家《うち》へ往ってお辞儀をするのは嫌いだもの、高貴《うえ》の人の前で口をきくのが厭だ、気が詰って厭な事だ、お大名方の御前《ごぜん》へ出ると盃を下すったり、我儘な変なことを云うから其れが厭で、私は宅《うち》に引込《ひっこ》んでゝ何処へも往《い》かない、それで悪ければ仕様がない」
内儀「仕様がないたって、あなた何へいらっしゃいましよ、あの石川様へお歳暮だって入らっしゃると、いつでも貴方に千疋ぐらい御祝儀を下さるじゃアありませんか」
七「他人《ひと》のものを当《あて》にしちゃアいかん、他人のものを当にして物を貰うという心が一体|賤《いや》しいじゃアないか」
内儀「賤しいたって貴方、お米を買うことが出来ませんよ、今日も米櫃《こめびつ》を払って、お粥にして上げましたので」
七「それは/\苦々しいことで」
内儀「そんな事を仰しゃらずに往って入らっしゃいまし」
七「じゃア往《い》こう、だが当にしなさんな」
内儀「あなた、そのお服装《みなり》じゃアいけません、これを召していらっしゃい」
七「なに、これで沢山だ、悪いと云えば帰って来る」
 と無慾の人だから少しも構いませんで、番町の石川という御旗下の邸《やしき》へ往《ゆ》くと、お客来で、七兵衞は常々御贔屓だから、
殿「直《すぐ》にこれへ……金田氏貴公も予《かね》て此の七兵衞は御存じだろう、不断はまるで馬鹿だね、始終心の中《うち》で何か考えて居って、何を問い掛けてもあい/\と答をする、それが来たので、妙な男で、あゝ来た来た、妙な物を着て来たなア、何だハヽヽ袖無しの羽織見たような物を着て来たな、七兵衞構わずこれへ」
七「へえ」
殿「誠に久しく会わんのう」
七「へえ」
殿「再度書面を遣ったに出て来んのは何ういうわけか」
七「へえ」
殿「他へでも往ったか」
七「へえ」
殿「煩いでもしたか」
七「へえ」
殿「然《そ
前へ 次へ
全7ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング