るに気が注《つ》かねえで居た、それで汝《われ》黙って居たか、父《ちゃん》に云わねえか」
正「云った、云ったけれどもお母さんが旨く云って、おのお前の着物を縫っていると踏んだから、いけないと云ったら、態《わざ》と踏んだから縫物《しごと》を引張《ひっぱ》ったら滑って転んだって然《そ》ういって嘘をつくの、先《せん》のお母さんが生きていると宜《い》いんだけれども、お婆さんの処へ逃げて行《い》こうと思った、連れてって呉れねえか」
婆「おゝ連れて行かねえで、見殺しにする様なもんだから、可愛そうに、汝《われ》に食わせべえと思って柿を持って来たゞ」
正「あのね麦焦《むぎこがし》が来ても、自分で砂糖を入れて塩を入れて掻廻してね、隠して食べて、私には食べさせないの、柿もね、皆《みん》な心安い人に遣《や》って坊には一つしか呉れないの、渋くッていけないのを呉れたの」
婆「それは父《ちゃん》に汝《われ》いうが宜《よ》い」
正「云ったっていけない、いろんな嘘をついて云つけるからお父さんは本当と思って、あのお母さんは義理が有るのだから大事にしなければならない[#「ならない」は底本では「なならい」]、優しくすれば増長する、今からそれじゃアいけねえってねえ、一緒になってお父さんが拳骨で打《ぶ》って痛いやア」
婆「あれえ一緒になって、呆れたなア本当にまア、好《え》え、七兵衞どんに己《おれ》逢って、汝《われ》だけはお婆さんが連れて行《い》く、田舎だアから食物《くいもの》アねえが不自由はさせねえ、十四五になれば立派な処《とけ》へ奉公に遣って、藤屋の別家を出させるか、然《そ》うでなければ己が方の別家《べっけ》えさせるから一緒に行くか」
正「行きたいやア、だから田舎で食物が無くってもお母さんに抓《つね》られるより宜《い》いから行くよ」
七「何方《どなた》かお出でなすった……おやお出でなさい、榮二郎《えいじろう》お茶を持って来てお婆さんに上げな、田舎の人だから餅菓子の方が宜《い》いから……宜《よ》くお出でなすったね、お噂ばかり致して居りまして、此方《こちら》から一寸《ちょっと》上《あが》らなければ成らんですが、何分忙がしいので店を空けられないで、御無沙汰ばかり、まア此方へ」
婆「はい御免なせえ、御無沙汰アして何時《いつ》も御繁昌と聞きましたが、文吉も上《あが》らんではならねえてえ云いますが、秋口は用が多いで参《めえ》り損《そく》なって済まねえてえ噂ばかりで、お前《めえ》さんも達者で」
七「まことに宜くお出でなすった、帝釈様《たいしゃくさま》へお詣《まい》りに行こうと思って、帰りがけにお寄り申そうとお梅《うめ》とも話をして居たが……お梅」
梅「おや宜く入《いら》っしゃいました、宜く田舎の人は重い物を脊負《しょ》ってねえ」
婆「はい御無沙汰、はい己《おら》が屋敷内に実《な》りました柿で、重くもあるが何《ど》うかまア渋が抜けたら孫に呉れべえと、孫に食わしてえばっかりで、重《おめ》えも厭《いと》わず引提《ひっさ》げて来ましたよ……はア最う構わず、飯も食って来ましたから、途中で足い労《つか》れるから蕎麦ア食うべえと思って、両国まで来て蕎麦ア食ったから腹がくちい、構って下さるな…七兵衞さん、私《わし》参《めえ》って相談致しますが、惣領の正太郎は私が方へ引取《ひきと》るから」
七「何《なん》で、何《ど》ういう訳で」
十四
婆「何ういう訳もねえ、おらが方へ来てえだ云うが、おらが方へ置きたくはねえが、お前様《めえさま》ア留守勝で家《うち》の事は御存じござんねえが、悪戯《いたずら》は果《はた》すかは知らねえが、頑是《がんぜ》がねえ十《とお》にもなんねえ正太郎だから、少しぐれえの事は勘弁して下さえ」
七「あれさお婆さん極りを云って居るぜ、来ると愚痴を云うが、私《わし》の子だもの、奉公人も付いて居るわね……正太は又田舎のお婆さんに何か云ッつけたな」
正「何も云ッつけやアしない、お婆さんが彼方《あっち》へ連れて行くてえから行きてえや」
七「行きたいと」
婆「何ういう訳で大事の親父《おやじ》をまず捨てゝ、己《おら》が方の田舎へ来てえ、不自由してもと児心《こゞころ》にも思うは能《よ》く/\だんべえと思うからお呉んなさえ、縁切《えんきり》でお呉んなさえ」
七「そんな馬鹿な事を云ってはいけません」
婆「何故《なぜ》そんならぞんぜえに育てるよ」
七「ぞんざいに育てはしませんよ」
梅「旦那……正太郎が云ッつけたのでお婆さんは然《そ》うと思って居るのでしょう、私だっても頑是がないから、それは彼《あ》れも我儘を致しますが、邪慳《じゃけん》に育てることは出来ません、仏様の前も有りますから、私も来たての身の上で私が邪慳に育てるようなことは有りませんよ」
婆「邪慳にしないてえ、これが顋《あご》の疵《き
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