ら密通と思召《おぼしめ》すに違いない、密通もせぬに然う思われては残念と刃物三昧でもすると、お父様お母様に猶更《なおさら》済みませんぞよ、必ずとも道中にて悪い物を食して、腹に中《あた》らぬ様にしなさるが宜《よ》いのう、お照」
 と五月《いつゝき》になるお照の身重の腹を、重二郎に持って居ります扇でそっと突かれた時は、はッとお照は有難涙《ありがたなみだ》に思わず声が出て泣伏しました。

        十一

 山平も面目なく、
山「何共《なにとも》申訳はござらぬ、重々不埓至極な事拙者…」
重「いゝや少しも不埓な事はござらん、国表に於《おい》て又市が何《ど》んな事を為《す》るか知れん、万一重役を欺《あざむ》き、大事は小事より起る譬喩《たとえ》の通りで捨置かれん……お父様お母様へも書置を認《したゝ》めるが宜《よ》い……硯箱《すゞりばこ》を持って来な」
きん「はい」
重「硯箱を早く」
きん「はい」
重「何《な》んだ是は、松魚節箱《かつおぶしばこ》だわ」
きん「はい」
 と漸《ようや》く硯箱を取寄せて、紙《かみ》筆《ふで》を把《と》らせましても、お照は紙の上に涙をぽろ/\こぼしますから、墨がにじみ幾度も書損《かきそこ》ない、よう/\重二郎の云う儘に書終り、封を固く致しました。
重「これは私がお母様の何時《いつ》も大切に遊ばす彼《あ》の手箱の中へ入れて置く……きん、何《ど》うも長い間|度々《たび/\》照が来てお前の家《うち》でも迷惑だろう、主人の娘が貸してくれと云うものを出来ぬとは義理ずくで往《い》かんし、親切に世話をしてくれ忝《かたじけ》ない、多分に礼をしたいが、帰り掛《がけ》であるからのう、是は誠に心ばかりだが世話になった恩を謝するから」
きん「何う致しまして私《わたくし》がそれを戴いては済みません、何うかそれだけは」
重「いゝや、其の替り頼みがあるが、今日|私《わし》が来て照と山平殿に頼んで旅立をさせた事は、是程も口外して呉れては困る、少しも云ってはならぬよ、口外して他《ほか》から知れゝば、お前より外《ほか》に知る者はないから拠《よんどころ》なくお前を手に掛けて殺さなければならんよ」
きん「はい/\/\どう致しまして申しません」
重「じゃア宜しい、さア山平殿、照早く表へ出なさい、宜しいから先に立って出なさい」
 二人は何事も只《た》だ有難いと面目ないで前後不覚の様《よう》に
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