立腹して此《こ》れへ上って来た故、差向で居た上からは申訳《もうしわけ》は迚《とて》も立たぬ、さア済まぬ事をしたと云うので左様に驚きましたか、左様か、然《そ》うだろう、然うでなければ然う驚く訳はない、誠にきん貴様は迷惑だ…のう山平殿、役こそ卑《ひく》いが威儀正しき其の許《もと》が、中々常の心掛けと申し、品行も宜しく、柔和温順な人で、他人《ひと》の女房と不義などをうん…なア…為《す》る様な非義非道の事を致す人でないなア……が差向で居《お》ったが過《あやま》りであった、男女《なんにょ》七歳にして席を同じゅうせずで、申訳が立たぬと心得て、山平殿も恐れ入って居《お》らるゝ様子、照も亦済まぬ、何う言訳しても身のあかりは立つまい、不義と云われても仕方がない、身に覚えはないけれども是れに二人で居たのが過り、残念な事と心得て其の様に泣入って居《お》ることか、何とも誠に気の毒な、飛んだ処へ私が上って来たのう、そう云う訳は決してないのう、きん」
きん「はい/\決して夫《そ》れはそう云う、あの、其様《そん》などうも訳ではございませんから」
十
重「だからノウ、私《わし》が養子に来ぬ前から照の心掛は実に感心、云わず語らず自然と知れますな、と申すは昨年霜月三日にお兄様《あにさま》は何者とも知れず殺害《せつがい》され、如何《いか》にも残念と心得、御両親は老体なり、武士の家に生れ、女ながらも仇《あた》を討たぬと云う事はないと心掛けても、何《ど》うも相手は立派な士《さむらい》であり、女の細腕では討つ事ならず、誰《たれ》を助太刀に頼もう、親切な人はないかと思う処へ、親《ちか》しく出入《でいり》を致す山平殿、殊《こと》に心底も正しく信実な人と見込んだから、兄の仇討《あだうち》に出立したいと助太刀を頼んだので有ろうが、山平殿は私には然《そ》うはいかん、御養子前の大切の娘御を私が若い身そらで女を連れて行《ゆ》く訳には往《い》かん、両親の頼みがなければいかんなどと申されて、迚《とて》もお用いがないのを、止むを得ず助太刀をして下さいと照が再度貴公に頼んだは実に奇特《きどく》な事で、頼まれてもまさか女を連れて行《ゆ》く訳にもいかず、此方《こちら》は只管《ひたすら》頼むと云う、是は何うも山平殿も実に困った訳だが、私が改めてお頼み申す訳ではないが、山平殿、中根善之進殿を討ったは水司又市と私は考える
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