うおまさ》かえ…いゝえ此の頃出来た魚屋でございますから、器物《いれもの》が少《すけ》ないのでお刺身を持って来ると、直《すぐ》に後《あと》で甘※[#「赭のつくり/火」、第3水準1−87−52]《うまに》を入れるからお皿を返して呉れろと申して取りに来ますので」
 きんは魚屋と間違えて、
きん「少し待ってお出《い》でよ」
 と階子段《はしごだん》を下りて、
きん「魚政かえ、今お待ちよ」
 と障子を開けて見ると、魚屋とは思いの外《ほか》重二郎が刀を引提《ひっさ》げてずうと入り、
重「これ照が二階に参って居《お》るなら一寸《ちょっと》逢わして呉れよ」
きん「いゝえ御新造様は此方《こちら》へは入《いら》っしゃいません」
重「入っしゃいませんたって参って居るに相違ない、是に駒下駄があるではないか」
きん「あのそれは先刻《さっき》あの入《いら》っしゃいまして、それはあの、雨が降って駒下駄では往《い》けないから草履《ぞうり》を貸してと仰しゃいまして」
重「馬鹿な、痴《たわ》けた事を云うな、逢わせんと云えば直《じき》に二階へ通るぞ」
きん「はーい何卒《どうぞ》真平《まっぴら》御免遊ばして、何うぞ御勘弁遊ばして、御新造様がお悪いのではございません、皆きんが悪いのでございますから何うぞ」
重「何だ袖へ縋《すが》って何う致す、放さんか、えい」
 と袖を払って長い刀を引提《ひっさ》げて二階へどん/\/\/\と重二郎駈上ります。これから何う相成りますか一寸|一《ひ》と息《いき》致して。

        九

 引続《ひきつゞき》ましてお聴《きゝ》に入れますが、世の中に腹を立ちます程誠に人の身の害になりますものはございません。殊《こと》に此の赫《か》ッと怒《いか》りますと、毛孔《けあな》が開いて風をひくとお医者が申しますが、何《ど》う云う訳か又|極《ご》く笑うのも毒だと申します。また泣入《なきい》って倒れてしまう様に愁傷《しゅうしょう》致すのも養生に害があると申しますが、入湯《にゅうとう》致しましても鳩尾《みぞおち》まで這入って肩は濡《ぬら》してならぬ、物を喰ってから入湯してはならぬ、年中水を浴びて居るが宜《よ》いと申しますが、嫌な事を忍ぶのも、馴れるとさのみ辛いものではござりませぬ。何事も堪忍致すのは極く身の養生《くすり》、なれども堪忍の致しがたい事は女房が密夫《まおとこ》を拵《こしら》えまし
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