、奉公に遣った所が、職人の事だから道楽ぶちゃアがって、然《そ》うして横根を踏出しやアがって、婆《ばア》さま小遣を貸せと云うから、小遣は無いと云うと、それじゃア此の布子《ぬのこ》を貸せと云ってはア何でも持出して遣い果した後《あと》で、何うにも斯うにも仕方が無いが、まア真実の甥《おい》だからと云って文吉も可愛がって居たゞが、嫁の前《めえ》も有るから一寸《ちょっと》小言を云うと、それなり飛出しやアがって、丁度三年越し影も形も見せないから、本当に仕方が無いやくざな野郎になってしまったが、何処へ往《い》きやアがったか、能《よ》く女郎《じょうろ》を買って銭が欲しい所から泥坊に成る者も有るからのう婆様《ばあさま》、と云われる度《たび》に胸が痛くて寧《いっ》そ放《と》ん出さないば宜かったと[#「宜かったと」は底本では「宜かつと」]思ってなア、若《も》しや縄に掛って引かれやアしないかと心配して忘れる事はないだ…何ういう訳だい、巡礼に成って此処《こけ》え来たのは」
繼「はい実はこれ/\/\/\でございまする」
と涙ながらに、三年|前《あと》の越中の高岡から旅立を致しましてと細かに話をした時は、婆さんも大きに驚いて、親の敵を討とうと云う事なら、手前《てめえ》ばかりではいけない、今に文吉が帰って来れば力に成って、仮令《たとえ》相手は何《ど》んな侍でも文吉が助太刀をして討たして遣るから、決して心配せずに、心丈夫に思って居るが宜《よ》いが、此の連れの方は何ういう人だと問われて、是もこれ/\と身上《みのうえ》を打明けると、婆《ばゝあ》は一通りならぬ喜び、文吉も共に力に成りまして、田舎は親切でございますから、山之助までも大事に致して呉れます。山之助の身の上を聞いて伯父文吉が得心の上、改めて夫婦の盃をさせ内々《ない/\》の婚姻を致させましたから、猶更睦じく両人は毎日葛西の小岩井村を出て、浅草の観音へ参詣を致して、是から江戸市中を流して歩るきます。すると二月から二三四と四月の廿七日迄日々心に掛けて敵の様子を尋ねて居りましたが、頓《とん》と手掛りがございません。少し此の日は空合《そらあい》が悪くてばら/\/\と降出しましたから、毎《いつ》もより早く帰って脚半を取って、山之助お繼が次の間に足を投出して居りまする。すると丁度夕刻|前《ぜん》此の家へ這入って来ましたのは村方のお百姓と見えて、
百「はい御免な
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