どと、天明の頃は大分《だいぶ》盛んだったと云うお話を聞きました。彼方此方《あちらこちら》を見ながら水司又市がぶらり/\と通掛りますると、茶屋から出ましたのは娼妓《しょうぎ》でございましょう、大島田《おおしまだ》はがったり横に曲りまして、露の垂れるような薄色の笄《こうがい》の小長いのを挿《さ》し、鬢《びん》のほつれ毛が顔へ懸りまして、少し微酔《ほろえい》で白粉気《おしろいけ》のある処《ところ》へぽッと桜色になりましたのは、別《べっ》して美しいものでございます。緋の山繭《やままゆ》の胴抜《どうぬき》の上に藤色の紋附の裾《すそ》模様の部屋|著《ぎ》、紫繻子《むらさきじゅす》の半襟《はんえり》を重ねまして、燃えるような長襦袢《ながじゅばん》を現《あら》わに出して、若い衆《しゅ》に手を引かれて向うへ行《ゆ》きます姿を、又市は一《ひ》と目見ますと、二十五で血気でございますから、余念もなく暫《しばら》く見送って居りましたが、
又「どうも実に嬋娟窈窕《せんけんようちょう》たる美人だな、どうも盛んなる所美人ありと云うが、実にないな、彼《あ》のくらいな婦人は二人とは有るまい、どうもその蹌《よろ》けながら赤い顔をして行《ゆ》く有様はどうも耐《たま》らぬな、どうも実にはア美くしい」
 と思って佇《たゝず》んで居りますと、後《うしろ》から女郎屋《じょろや》の若衆《わかいしゅ》が、
若「えへ……」
又「何《なん》だい後《うしろ》からげら/\笑って」
若「如何様《いかゞさま》でございます、お馴染《なじみ》もございましょうが、えへ……外様《ほかさま》からお尻の出ないようにお話を致しましょう、えへ……お馴染もございましょうがお手軽様に一晩お浮《うか》れは如何で、へい/\/\」
又「何だい貴公は」
若「えへ……御冗談ばかり、遊女屋の若者《わかいもの》で、どうも誠にはやへい/\」
又「遊女屋の若者、成程これは何だね大分左右に遊女屋が見えるが、全盛の所は承知して居《い》るが、貴公に聞けば分ろうが、今向うへ少し微酔で、顔へほつれ毛がかゝって、赤い顔をして男に手を引かれて行った美人があるが、彼《あ》れは何かえ遊女かえ、但《たゞ》しは堅気の娘のような者かえ」
若「へえ、只今へえ…御縁の深いことで、あれは手前方のお職《しょく》から二枚目をして居ります小増《こまし》と申します」
又「はア貴公の楼名《ろうめい》は何と
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