声《こゑ》にて、婦人「何《なん》だとえ。梅「え……何処《どこ》の人《ひと》だえ。婦人「何処《どこ》の人《ひと》だつて、お前《まへ》の女房《にようばう》のお竹《たけ》だよ。梅「お竹《たけ》え……是《これ》はどうも……。竹「何《なん》だとえ、今《いま》聞《き》いてゐれば、彼奴《あいつ》の顔は此《こ》んなだとか彼《あ》んなだとかでいけないから、さらけだしてしまひ、小春姐《こはるねえ》さんと夫婦《ふうふ》に成《な》らうと宜《よ》く云《い》つたな、お前《まへ》其様《そん》なことが云《い》はれた義理《ぎり》かえ、岩田屋《いはたや》の旦那《だんな》に連《つ》れられて浜《はま》へ往《い》つて、松《まつ》さんと喧嘩《けんくわ》アして帰《かへ》つて来《き》た時に何《なん》とお云《い》ひだえ、あゝ口惜《くや》しい、真実《しんじつ》の兄弟《きやうだい》にまで置去《おきざ》りにされるのも己《おれ》の眼《め》が悪いばかりだ、お竹《たけ》や何卒《どうぞ》一方《かた/\》でも宜《い》いから明《あ》けてくれ、どうかエ然《さう》して薄くも見えるやうにして呉《く》れと云《い》ふから、私《わたし》も医者《いしや》ぢやアなし、お前《まへ》の眼《め》を明《あ》けやうはないが、夫程《それほど》に思ふなら定《さだ》めし口惜《くや》しかつたらう、何《ど》うかして薄《うす》くとも見えるやうにして上《あ》げたいと思つて、茅場町《かやばちやう》の薬師《やくし》さまへ願掛《ぐわんが》けをして、私《わたし》は手探《てさぐ》りでも御飯《ごぜん》ぐらゐは炊《た》けますから、私《わたし》の眼《め》を潰《つぶ》しても梅喜《ばいき》さんの眼《め》を明《あ》けて下《くだ》さるやう、御利益《ごりやく》を偏《ひと》へに願ひますと無理な願掛《ぐわんが》けをして、寿命《じゆみやう》を三|年《ねん》縮《ちゞ》めたので、お前《まへ》の眼《め》が開《あ》いたのは二十一|日目《にちめ》の満願《まんぐわん》ぢやアないか、私《わたし》は今朝《けさ》眼《め》が覚《さ》めてふと見《み》ると、四辺《あたり》が見えないんだよ、はてな……私《わたし》の眼《め》が潰《つぶ》れたか知らん、私《わたし》が見えなければきつと梅喜《ばいき》さんの眼《め》が開《あ》いたらう、それとも無理な願掛《ぐわんが》けを為《し》たから私《わたし》へ罰《ばち》が中《あた》つて眼《め》が潰《つぶ》れたのかと思つて、おど/\してゐる所《ところ》へ、近江屋《あふみや》の旦那《だんな》が帰《かへ》つて来《き》て、梅喜《ばいき》の眼《め》が開《あ》いたから浅草《あさくさ》へ連《つ》れて往《い》つたが、奥山《おくやま》で見失《みはぐ》つたけれども、眼《め》が開《あ》いたから別《べつ》に負傷《けが》はないから安心して居《ゐ》なと云《い》はれた時には、私《わたし》は本当に飛立《とびた》つ程《ほど》に嬉《うれ》しく、自分の眼《め》が潰《つぶ》れた事も思はないでサ、早くお前《まへ》に遇《あ》つて此事《このこと》を聞かしたいと思つたから、お前《まへ》の空杖《あきづゑ》を突《つ》いて方々《はう/″\》探《さが》して歩くと、彼処《あすこ》の茶店《ちやや》で稍《やうや》く釣堀《つりぼり》へ往《い》つたといふ事が解《わか》つたから、こゝへ来《き》てもお前《まへ》の女房《にようばう》とは云《い》はない。只《たゞ》梅喜《ばいき》さんに遇《あ》ひたうございます。何卒《どうぞ》遇《あ》はしておくんなさいまし、私《わたし》は女按摩《をんなあんま》でお療治《れうぢ》にまゐりましたと云《い》つたら、按摩《あんま》さんなら茲《こゝ》においで、今お酒《さけ》が始まつて居《ゐ》るからと云《い》ふので、私《わたし》は次《つぎ》の間《ま》に居《ゐ》るとも知らず、お前《まへ》は眼《め》が開《あ》いたと思つて宜《よ》くのめのめと増長《ぞうちやう》して私《わたし》を出すと云《い》つたね。梅喜《ばいき》は天窓《あたま》を両手《りやうて》で押《おさ》へ、梅「はあア誠に面目次第《めんぼくしだい》もない、お前《まへ》が次《つぎ》の間《ま》に居《ゐ》やうとは知らず、誠に済《す》まない……。女房《にようばう》は暫《しばら》く泣伏《なきふ》し涙を拭《ぬぐ》ひつゝ、竹「どうも本当に呆《あき》れちまつたね、私《わたし》は死にます……何《なに》を押《おさ》へるんだ、放《はな》しておくれ。と止める手先《てさき》を振切《ふりき》つて戸外《そと》へ出る途端《とたん》に、感が悪いから池の中へずぶり陥《はま》りました。梅「おゝ……お竹《たけ》や/\。竹「何《なん》だよ、しつかりお為《し》よ、梅喜《ばいき》さん/\、お起《お》きよ。と揺《ゆ》り起《おこ》され、欠伸《あくび》をしながら手先《てさき》を掻《か》き、梅「ハアー……おや燈火《あかり》
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