や》りました。車夫《しゃふ》は年頃|四十五六《しじゅうごろく》で小肥満《こでっぷり》とした小力《こぢから》の有りそうな男で、酒手《さかて》を請取《うけと》り荷を積み、身支度をして梶棒《かじぼう》を掴《つか》んだなり、がら/\と引出しましたが、古河から藤岡《ふじおか》までは二里|余《よ》の里程《みちのり》。船渡を出たのは二時頃で、道が悪いから藤岡を越す頃はもう日の暮れ/″\で、雨がぽつり/\と降り出しました。向うに見えるは大平山《おおひらさん》に佐野の山続きで、此方《こちら》は都賀村《つがむら》、甲村《こうむら》の高堤《たかどて》で、此の辺は何方《どちら》を見ても一円沼ばかり、其の間には葭《よし》蘆《あし》の枯葉が茂り、誠に物淋しい処でございます。車夫《しゃふ》はがら/\引いてまいりますと、積んで来た荷の中の死骸が腐ったも道理、小春なぎの暖《あたゝか》い時分に二晩《ふたばん》留《と》め、又|打《うち》かえって寒くなり、雨に当り、いきれましたゆえ、臭気|甚《はなはだ》しく、鼻を撲《う》つばかりですから、
車「フン/\、おや旦那え/\」
又「なんだ、急いで遣《や》ってくれ」
車「なんだか酷《ひど》く臭《くさ》いねえ、あゝ臭い」
又「なんだ」
車「何だか知んねえが誠に臭い」
と云われ、又作はぎっくりしましたが、云い紛《まぎ》らせようと思い、
又「詰《つま》らん事をいうな、此の辺は田舎道だから肥《こい》の臭《にお》いがするのは当然《あたりまえ》だわ」
車「私《わし》だって元は百姓でがんすから、肥《こい》の臭《くさ》いのは知って居りやんすが、此処《こゝ》は沼ばかりで田畑《でんぱた》はねえから肥の臭《にお》いはねえのだが、酷《ひど》く臭う」
と云いながら振り返って鼻を動かし、
車「おゝ、これこれ、此の荷だ、どうも臭いと思ったら、これが臭いのだ、あゝ此の荷だ」
と云われて又作|愈々《いよ/\》驚き、
又「何を云うのだ、なんだ篦棒《べらぼう》め、荷が臭いことが有るものか」
車「だって旦那、臭いのは此の荷に違いねえ」
又「これ/\何を云うのだ」
と云ったが最《も》う仕方がありませんから、云いくろめようと思いまして、
又「これは俗に云う干鰯《ほしか》のようなもので、田舎へ積んで往って金儲けを仕ようと思うのだ、実は肥《こい》になるものよ」
車「肥《こい》の臭《にお》いか干鰯の臭いかは在所の者は知ってるが、旦那今|私《わし》が貴方《あんた》の荷が臭いと云った時、顔色が変った様子を見ると、此の中は死人《しびと》だねえ」
又「馬鹿を云え、東京から他県へ死人《しびと》を持って来るものがあるかえ、白痴《たわけ》たことを云うなえ」
車「駄目だ、顔色を変えてもいけねい、己《おれ》今でこそ車を引いてるが、元は大久保政五郎《おおくぼまさごろう》の親類で、駈出《かけだ》しの賭博打《ばくちうち》だが、漆原《うるしはら》の嘉十《かじゅう》と云った長脇差《ながわきざし》よ、ところが御維新《ごいっしん》になってから賭博打を取捕《とっつかめ》えては打切《ぶっき》られ、己も仕様がないから賭博を止《や》め、今じゃア人力車《くるま》を引いてるが、旦那|貴方《あんた》は何処《どこ》のもんだか知んねえが、人を打殺《ぶっころ》して金を奪《と》り、其の死人《しびと》を持って来たなア」
又「馬鹿を云え、とんでもない事をいう、どう云う次第でそんな事を云うのだ」
車「おれ政五郎親分の処にいた頃、親方《おやぶん》が人を打殺《ぶちころ》して三日の間番をさせられた時の臭《にお》いが鼻に通って、いまだに忘れねえが、其の臭いに違《ちげ》えねいから隠したって駄目だ、死人《しびと》なら死人だとそう云えや、云わねえと己《お》れ了簡《りょうけん》があるぞ」
又「白痴《たわけ》た奴だ、どうもそんな事を云って篦棒《べらぼう》め、手前《てめえ》どう云う訳で死人《しびと》だと云うのだ、失敬なことを云うな」
車「なに失敬も何もあるものか、古河の船渡で車を雇うのに、値切《ねぎり》もしずに佐野まで極《き》め、其の上五十銭の祝儀もくれ、酒を呑ませ飯まで喰わせると云うから、有《あ》り難《がて》い旦那だと思ったが、唯《たゞ》の人と違い、死人《しびと》じゃ往《ゆ》けねえが、併《しか》し死人だと云えば佐野まで引いて往ってくれべいが、隠しだてをするなら、後《あと》へ引返《ひきけえ》して、藤岡の警察署へ往って、其の荷を開《ひら》いて検《あらた》めて貰うべい」
又「馬鹿なことを云うな、駄賃は多分に遣《や》るから急いで遣れ」
車「駄賃ぐらいでは駄目だ、内済事《ねえせえごと》にするなら金を弐拾両《にじゅうりょう》よこせ」
又「なに弐拾両、馬鹿なことを云うなえ」
車「いやなら宜《い》いわ」
と云いながら梶棒を藤岡の方へ向けましたから、井生森又
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