二階には多人数《たにんず》のお客が居りますから、女中はばた/\廊下を駆《か》けて居ります。
重「御免なせい/\、/\」
女「はい入らっしゃいまし、まア此方《こちら》へお上《あが》んなさいまし」
重「春見丈助様のお宅は此方でございやすか」
女「はい春見屋は手前でございますが、何方《どちら》から入《いら》っしゃいました」
重「ひえ、私《わし》は前橋竪町の清水助右衞門の忰《せがれ》でござりやすが、親父《おやじ》が十月国を出て、慥《たし》か此方《こちら》へ着きやんした訳になって居りやんすがいまだに何《なん》の便《たよ》りもございませんから、心配して尋ねてまいりましたが、塩梅《あんべい》でも悪くはないかと、案じて様子を聞きにまいりましたのでがんすと云って、どうかお取次を願いていもんです」
女「左様でございますか、少々お控えを願います」
と奥へ入り、暫《しばら》くして出てまいり。
女「お前さんねえ、只今|仰《おっ》しゃった事を主人へ申しましたら、そう云うお方は此方《こちら》へはいらっしゃいませんが、門違《かどちが》いではないかとの事でございますよ」
重「なんでも此方へ来ると云って家《うち》を出やんしたが…此方へは来《き》ねえですか」
女「はい、お出《い》ではございません宿帳にも附いて居りません」
重「はてねえ、何《ど》うした事だかねえ、左様なら」
と云いながら出ましたが、外《ほか》に尋ねる当《あて》もなく、途方に暮れてぶら/\と和泉橋《いずみばし》の許《もと》までまいりますと、向うから来たのは廻りの髪結い文吉で、前橋にいた時分から馴染《なじみ》でございますから。
文「もし/\其処《そこ》へお出《い》でなさるのは清水の若旦那ではありませんか」
重「はい、おや、やア、文吉かえ」
文「誠にお久し振でお目にかゝりましたが、見違《みちげ》えるように大きくお成んなすったねえ、私《わっち》が前橋に居りやした時分には、大旦那には種々《いろ/\》御厄介《ごやっかい》になりまして、余り御無沙汰になりましたから、郵便の一つも上げてえと思っては居りやしたが、書けねえ手だもんだから、つい/\御無沙汰になりやした、此間《こないだ》お父《とっ》さんが出ていらっしゃいやしたから、お前さんも東京を御見物に入らしったのでございやしょう」
重「親父《おやじ》の来たのを何うしてお前は知っているだえ」
文「へい、先々月お出でなすって、春見屋へ宿をお取んなすったようで」
重「宅《うち》へもそう云って出たのだが、余《あんま》り音信《おとずれ》がないから何処《どこ》へ往ったかと思っているんだよ」
文「なに春見屋で来《こ》ねえって、そんな事はありやせん、前々月《せん/\げつ》の二日の日暮方《ひくれかた》、私《わっち》は海老床《えびどこ》という西洋床を持って居りますが、其処《そこ》へ旦那がお出《い》でなすったから、久し振でお目にかゝり、何処《どこ》へお宿をお取りなさいましたと云うと、春見屋へ宿を取り、買出しをしに来たと仰しゃるから、それはとんでもない事をなすった、あれは身代限《しんだいかぎり》になり掛っていてお客の金などを使い込み、太《ふて》い奴でございます、大きな野台骨《やたいぼね》を張っては居りますが、月給を払わないもんだから奉公人も追々《おい/\》減ってしまい、蕎麦屋でも、魚屋でも勘定をしねえから寄附《よりつ》く者はねえので、とんだ所へお泊りなすったと云うと、旦那が権幕《けんまく》を変えて、駈け出してお出《い》でなさったが、それ切りお帰りなさらないかえ」
重「国を出た切り帰《けえ》らねえから心配《しんぺい》して来たのだよ」
文「それは変だ、私《わし》が証拠人だ、春見屋へ往って掛合ってあげやしょう旦那は来たに違いねえんだ、春見屋は此の頃様子が直り、滅法景気が宜《よ》くなったのは変だ」
重「文吉、汝《われ》一緒に往って、確《しっか》り掛合ってくれ」
文「さアお出《い》でなさい」
と親切者でございますゆえ、先に立って春見屋へ参り。
文「此間《こないだ》は暫《しばら》く、あの清水の旦那が此方《こちら》へ泊ったのは私《わっち》が慥《たし》かに知ってるが、先刻《さっき》此の若旦那が尋ねて来たら、来《こ》ねえと云ったそうだから、また来やしたが、此の文吉が証拠人だ、なんでも旦那は入らしったに違いないから、お取次を願います」
女「はい一寸《ちょっと》承って見ましょう」
と奥へまいり、此の事を申すと、春見はぎっくり胸に当りましたが、素知らぬ顔にもてなして、此方《こっち》へと云うので、女中が出てまいり、
女「まア、お通りなさいまし」
と云うから、文吉が先に立ち、重二郎を連れて奥へ通りました。
丈「さア/\此方《こちら》へお這入《はい》り」
重「誠に久しくお目にかゝりませんでございました」
丈「ど
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