ずみ》くだされ」
 と血に塗《まみ》れたる両手を合《あわ》せ、涙ながらに頼みます恩愛の情《じょう》の切《せつ》なるに、重二郎と清次と顔を見合わせて暫《しばら》く黙然《もくねん》といたして居りますと、蔵の外より娘のおいさが、網戸を叩《たゝ》きまして、
い「申し、清次さん、此所《こゝ》開《あ》けて下さいまし」
清「おゝ誰だえ」
い「はい、いさでござります、どうぞ開けて、死目《しにめ》に一度逢わせてください」
 というから、清次は慌てゝ戸を開けますと、おいさは転《ころ》げ込んで父の膝に縋《すが》り付き、泣倒《なきたお》れまして、
い「もうしお父様《とっさま》、お情《なさけ》ない事になりました、生《うみ》の親より深い御恩を受けました上、斯《こ》ういう事になりましたも皆《み》な私《わたくし》を思召《おぼしめ》しての事でございますから、皆様《みなさん》どうぞ代りに私を殺して、お父様をお助けなされて下さいまし」
 と嘆《なげ》く娘を丈助は押留《おしとゞ》め。
丈「あゝこれ、お前を殺すくらいなら、彼《あ》の様《よう》な悪い事はいたさぬわい、只今も願う如く、予《かね》てお前の望みの通り重二郎殿と末長《すえなご》う夫婦になって、我が亡後《なきあと》の追善供養《ついぜんくよう》を頼みます、申し御両君《ごりょうくん》如何《いかゞ》でございます[#「ございます」は底本では「ごいざます」と誤記]」
清「ふう、どうして重二郎さんに此の家《や》の相続が出来ますものかね」
重「それに貴方《あなた》が変死した後《あと》で、お上《かみ》への届けもむずかしゅうござりましょう」
丈「その御心配には及びませぬ、と申すは七ヶ年以前、貴君《あなた》の親御より十万円|恩借《おんしゃく》ありて、今年返済の期限|来《きた》り、万一延滞|候《そろ》節は所有地|家蔵《いえくら》を娘|諸共《もろとも》、貴殿へ差上候《さしあげそろ》と申す文面の証書を認《したゝ》めて、残し置き、拙者《せっしゃ》は返金に差迫《さしせま》り、発狂して切腹致せしとお届けあらば、貴殿《きでん》へ御難義《ごなんぎ》はかゝりますまい」
 と云いながら硯箱《すゞりばこ》を引寄《ひきよ》せますゆえ、おいさは泣々《なく/\》蓋《ふた》を取り、泪《なみだ》に墨を磨《す》り流せば、手負《ておい》なれども気丈《きじょう》の丈助、金十万円の借用証書を認めて、印紙《いんし
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