だてえが何うしたんだか訳が分らねえ、物を人に呉れるなら名でも明して呉れるが宜《い》いんだ、何うしてお筆さんが泥坊などをする様な娘《こ》でない事は誰でも知ってる、夫《それ》に此様《こん》な事になるというのは私《わし》には些《ちっ》とも訳が分らねえ、お上は盲目《めくら》だ。というと又一人が、
 △「其様《そん》な事を云うなよ/\」
 と近所では色々噂をして居る。吉原帰りは田町の蛤《はまぐり》へ行って一盃《いっぱい》やろうと皆其の家《うち》へ参ります。
 ×「もう是で飯を喰おう」
 △「もう一本やろう」
 ×「余《あんま》り遅《おそく》なるから、丁場《ちょうば》の仕事がよ」
 △「丁場へは兼《かね》が先に行ってるからもう一本やろう」
 ×「兄いは酔っちまってる、グッと思切って続けてやんなもう充分酔ってるから飯を喰おうじゃアねえか」
 △「宜《い》いからもう一本|交際《つきあ》いねえな、汝《てめえ》が二猪口《ふたちょこ》ばかりアイをすれば、残余《あと》は皆《みんな》己が飲んで仕舞わア…長い浮世に短い命だ…人は…篦棒めえ正直にしたってしなくたって同じ事だ京橋鍛冶町の小間物屋のお筆さんの事を見ても知れたもんだ」
 ×「兄い彼《あれ》を云いなさんなよ、余《あんま》りパッパと云って捕《つか》まって困った者が有るから」
 △「困ったって癪に障らア、余り理由《わけ》が分らねえじゃアねえか、親父が病気で困ってるから毎晩数寄屋河岸の柳番屋の蔭へ袖乞に出て居る処へ通り掛った武家《さむらい》が金を呉れたんだてえが、其の位の親切が有るならよ、己は何処《どこ》の何う云う武家《ぶけ》で若《も》し咎められた時にゃア己が遣ったと云えって名前でも明《あか》して置《おけ》ば宜《い》いのに、無闇に金を呉れやアがったって、情《なさけ》にも何もなりアしねえ、あの何《なん》とか云ったっけ巴《ともえ》の紋じゃアねえ、三星とか何とか云う印《いん》が押して有る古金《かね》を八百両|何家《どこ》かで家尻を切って盗んだ泥坊が廻り廻って来てそれでまア、彼《あ》の親孝行な…」
 ×「おい/\悪いよ、其様《そん》な事を云って京橋|辺《あたり》でも係合《かゝりあい》に成ったものが有るから止しなよ」
 △「だってよ、お上では親孝行の者に御褒美を呉れて、親に不孝をする奴は磔刑《はりつけ》に上げるてえじゃアねえか、其の親孝行の者を牢ん中へ
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