いや昨夜《ゆうべ》飛込んだものが然《そ》う急に浮く訳のものじゃアない、似た人は世間に幾らも有る、お筆さんはよもや死んなさりゃアしまい、心配なさんな」
 清左衞門は実に呆然《ぼんやり》して、娘は盗賊《どろぼう》の汚名を受けこれを恥かしいと心得て入水《じゅすい》致した上は最早世に楽《たのし》みはないと遺書《かきおき》を認《したゝ》め、家主《いえぬし》へ重ね/″\の礼状でございます、其の儘浪宅をさまよい出《い》で諸方を探したが知れん。不図《ふと》気附いたは高奈部《たかなべ》の家の姪《めい》は放蕩無頼の女で、十六位から浮気心が有って、只今は女郎に成って居ると云う事だが、折々先方から手紙が来て、私《わし》に知らさんように手紙の贈答《やりとり》をして居ったが、万一《ひょっと》したら行《い》き宜《い》いから左様な処へでも行きはしまいかと、是から吉原へ這入って彼処此処《あちこち》を探して歩行《ある》いたが分りません。店先を覗《のぞ》きながら段々来て、江戸町一丁目の辨天屋の前まで来ました。
 娼「ちょいと喜助《きすけ》どん、あの格子先に立って居るお客さんに会いたいから、そら覗いて居る人だよ」
 喜「えへゝ旦那/\」
 清「はい」
 喜「華魁《おいらん》が貴方にお目に掛りたいと仰しゃいますんで」
 清「左様でございますか、何処《どれ》へ出ます」
 喜「何うか籬《まがき》の方へお出《いで》を願います」
 其の内華魁が上草履《うわぞうり》を穿《は》いて跡尻《あとじり》から廻って参りますのを見て。
 清「お前さんかえ、すっかり忘れてしまった、極《ごく》年の行かん時分に会ったのだから」
 娼妓はいきなり清左衞門の胸倉を固く捕《と》り、声を振立て、
 娼「此の武家《さむらい》だよ、私の亭主に毒を飲まして殺した奴は」
 清「何をする………」
 其の中《うち》に若者《わかいもの》が多勢《おおぜい》にて清左衞門を取押えて大門《おおもん》の番所へ引く事に成りました。是れから直《すぐ》に町奉行所へ出て、依田豊前守のお調べに成りましたが、此の下河原《しもがわら》清左衞門は人違いか、全く彼《か》の毒を盛った武家《さむらい》か、是れは後篇に申し上げることにいたします。

        三

 えゝ引続きの依田政談で依田豊前守御勤役中には少しお六《むず》ケしい事があると吟味与力に任して置かず直々《じき/\》の御
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