奉行は、
 甲「うむ、然うじゃろう、何《いず》れの藩じゃ主名を申せ」
 筆「はい、巣鴨《すがも》傾城《けいせい》ヶ窪《くぼ》の吉田監物《よしだけんもつ》の家来下河原清左衞門と申す者でございます」
 甲「うむ、何故《なにゆえ》屋敷を出《いで》て浪人致した、主人の不興でも受けて追放を仰せ付けられたか何う云う事じゃ」
 筆「少々御主人様の事に就きまして親共が諫言《かんげん》を申した事がございます、其の諫言が却って害に相成りまして不興を受けてお暇《いとま》になりましたが、父は物堅い気性故、仮令《たとい》主《しゅう》でも家来でもお家の為を思う者を用いなければ止むを得んから主家《しゅか》を出る、飢死《うえじに》しても此の屋敷には居らんと、重役の者と争論《いさかい》を致しまして家出を致しまして四ヶ年程浪人致して居りました」
 甲「うむ、主家に何《ど》の様《よう》の事が有ったか其の方|弁《わき》まえて居《お》るか」
 筆「深い事は存じませんが、御妾腹《おめかけばら》の」
 と云い掛けると清左衞門が顔で頻《しき》りに電光《いなびかり》をして居ります。
 甲「清左衞門控えろ、此の者が申すに仔細はない、其の方が口外致せば故主《こしゅ》の非を挙《あぐ》る事になるかもしれんが、筆の孝心より申すのじゃ仔細はない、控えて居れ、ふむ、主家の妾の腹に宿した子が有ったと」
 筆「はい、お妾の腹に出来ました鐵之丞《てつのじょう》と申します者を世に出《い》だそうというお妾の悪計《たくみ》に附きました者もございまして、御本腹の金之丞《きんのじょう》様を毒害しようと云う悪計もございましたと云う事は薄々聞きました事で」
 甲「うむ、其の方に叔父が有るか」
 筆「はい、ございます」
 甲「是なる清左衞門の兄で有るか弟か」
 筆「弟でございます」
 甲「うむ、それはまだ監物の屋敷に居《お》るか」
 筆「未だ居《お》るでございましょう」
 甲「吉田監物家来下河原清左衞門、其の方は武士道が立難いに依って身体の醢《ひしびしお》になり骨が砕けても云わんと申したが娘が親を助け度《た》いと云う孝心から此の事を申したのじゃから其の方に於《おい》て武士道の立たんと申す事は聊《いさゝか》もない、筆、叔父の名は園八郎《そのはちろう》と申すで有ろうの」
 筆「はい園八郎と申します」
 甲「能く申した今日《こんにち》は此の儘下げ遣わす、こ
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