至極で有る、けれども其の日/\に差迫って、明日《みょうにち》は父に米を買って与える事も出来ぬ処から、其の金子を以て米薪に代えて父を救った其の孝心に依《よっ》て父を思う処から、悪い事とも心附かず迂濶《うっか》り其の金を使い是から家主と相談の上で訴え出ようと云う心得で有ったが、其の中《うち》に勘次郎という者が其の方の手許に金子の有る事を知って盗み取ったが、全く訴え出ようと心得て居《お》る内に其の金を取られたので有ろうな」
とお慈悲な事でございます。
十[#「十」は底本では「九」と誤記]
お筆は漸々《よう/\》顔を上げまして、
筆「はい左様で」
甲「何《ど》うじゃ町役人《まちやくにん》」
藤「全くは是から訴えようと内々《ない/\》下話《したばなし》もございましたので、処を盗み取られましたんで」
甲「これ下話が有ったら何故《なぜ》訴えぬ」
藤「いえ是から下話を致そうかと考えて居りましたんで」
甲「なんだ、筆なる者は罪もなく殊に孝心な者故助け度《た》いとて訴え出でたる幸十郎は最《い》と神妙の至りで有る、筆|儀《ぎ》は咎《とがめ》も申し付けべき処なれども、其の親孝心に愛《め》でゝ上に於ても格別の思召《おぼしめし》を以て此のまゝ免し遣わす、立ちませえ」
筆「はい」
と立とうとする途端にびいんという仮牢の錠の開く音が頭上に響いて、恟《びっく》りする中《うち》に大戸をガラ/\と開けて仮牢から引出《ひきいだ》されましたは、禿げた頭の月代《さかやき》は斑白《まだら》になりまして胡麻塩交りの髭が蓬々《ぼう/\》生え頬骨が高く尖り小鼻は落ちて目も落凹《おちくぼ》み下を向いて心の中《うち》に或遭王難苦《わくそうおうなんく》、臨刑慾寿終《りんけいよくじゅしゅう》、念彼観音力《ねんぴかんのんりき》、刀尋段々壊《とうじんだん/\え》、或囚禁枷鎖《わくしゅうきんかさ》、手足被※[#「※」は「きへん+丑」、570−6]械《しゅそくぴちゅうかい》、念彼観音力《ねんぴかんのんりき》、釈然得解脱《しゃくねんとくげだつ》、と牢の中《なか》でも観音経《かんのんぎょう》を誦《よ》んで居たが今ヒョロ/\と縄に掛って仮牢から引出《ひきだ》されるを見ますると、三年以前に別れた実父の下河原清左衞門でございますから何う云う訳で此の有様はと、はッと思いまして、
筆「お父《とっ》さん」
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