煮て持って来ておくんなすったよ、お久さんが来たよ」
豐「あい」
とお久と云う声を聞くと、こくり起上って手を膝について、お久の顔を見詰めて居ります。
久「お師匠さんいけませんね、お母《っか》さんがお見舞に上るのですが、つい店が明けられませんで、些《ちっ》とはお快《よろし》ゅうございますか」
豐「はい、お久さん度々《たび/″\》御親切に有難うございます。お久さん、お前と私とは何《な》んだえ」
新「何を詰らない事を云うのだよ」
豐「黙っておいでなさい、お前の知った事じゃアない、お久さんに云いたい事があるのだよ、お久さん私とお前とは弟子師匠の間じゃアないか、何故お見舞にお出でゞない」
新「何を云うのだよ、お久さんは毎日お見舞に来たり、何《ど》うかすると日に二度ぐらいも来るのに」
豐「黙っておいで、其様《そんな》にお久さんの贔屓《ひいき》ばかりおしでない、それは私が斯《こ》うしているから案じられて来るのじゃア無い、お久さんはお前の顔を見たいから度々来るので」
新「仕様がないナ詰らぬ事を云って、お久さん堪忍してね、師匠は逆上して居るのだから」
久「誠にいけませんね」
とお久は少し怖くなりましたから、こそ/\と台所から帰ってしまいました。
新「困るね、えゝ、おい師匠|何うしたんだ、冗談じゃアねえ、顔から火が出たぜ、生娘《きむすめ》のうぶ[#「うぶ」に傍点]な娘《こ》に彼様《あん》な事を云って、面目無《めんぼくなく》って居られやアしない」
豐「居られますまいよ、顔が見たけりゃア早く追駈《おっか》けてお出で」
新「あゝいう事を云うのだもの」
豐「私の顔は斯んな顔になったからって、お前がそういう不人情な心とは私は知りませんだったよ」
新[#「新」は底本では「豐」]「何を云うのだね、誠に仕様がねえな、些《ちっ》と落付いてお寝よ」
豐「はい寝ましょうよ」
新吉は仕方がないから足を摩《さす》って居りますと、すや/\疲れて寝た様子だから、いゝ塩梅だ、此の間に御飯でも喫《た》べようと膳立《ぜんだて》をしていると這出して、
豐「新吉さん」
新「何《なん》だい、肝《きも》を潰《つぶ》したねえ」
豐「私が斯んな顔で」
新「仕様がねえな冷《ひえ》るといけないからお這入りよ」
と云う塩梅、よる夜中《よなか》でも、いゝ塩梅に寝附いたから疲れを休めようと思って、ごろりと寝ようとすると、
豐「新吉さん/\」
と揺《ゆ》り起すから新吉が眼を覚《さま》すと、ヒョイと起上って胸倉《むなぐら》を取って、
豐「新吉さん、お前は私が死ぬとねえ」
と云うから、新吉は二十一二で何を見ても怖がって尻餅をつくと云う臆病な性《たち》でございますから、是は不人情のようだが迚《とて》も此処《こゝ》には居られない、大門町へ行って伯父と相談をして、いっその事下総の羽生村に知って居る者があるから、其処《そこ》へ行ってしまおうかと、種々《いろ/\》考えて居る中《うち》に、師匠は寝付いた様子だから、その間《ま》に新吉はふらりと戸外《そと》へ出ましたが、若い時分には気の変りやすいもので、茅町《かやちょう》へ出て片側町《かたかわまち》までかゝると、向《むこう》から提灯を点《つ》けて来たのは羽生屋の娘お久と云う別嬪《べっぴん》、
久「おや新吉さん」
十八
新「これはお久さん何処《どこ》へ」
久「あの日野屋へ買物に」
新「思いがけない処でお目にかゝりましたね」
久「新吉さん何方《どちら》へ」
新「私は一寸大門町まで」
久「お師匠さんは」
新「誠にいけません、此の間はお気の毒でね、あんな事を云って何《ど》うもお前さんにはお気の毒様で」
久「何う致しまして、丁度|好《よい》処でお目に掛って嬉しいこと」
新「お久さん何処へ」
久「日野屋へ買物に」
新「本当にあんな事を云われると厭《いや》なものでね、私は男だから構いませんが、お前さんは嘸《さぞ》腹が立ったろうが、お母《っか》さんには黙って」
久「何ういたしまして、私の方ではあゝ云われると、冥加《みょうが》に余って嬉しいと思いますが、お前さんの方で、外聞がわるかろうと思って、誠にお気の毒様」
新「うまく云って、お久さん何処へ」
久「日野屋へ買物に」
新「あの師匠の枕元でお飯《まんま》を喫《たべ》ると、おち/\咽喉《のど》へ通りませんから、何処かへ徃《い》ってお飯を喫べようと思うが、一人では極りが悪いから一緒に往っておくんなさいませんか」
久「私の様な者をおつれなさると外聞が悪うございますよ」
新「まア宜《い》いからお出でなさい、蓮見鮨《はすみずし》へ参りましょう」
久「ようございますか」
新「宜いからお出でなさい」
と下心があると見え、お久の手を取って五目鮨《
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