ますから其れを掛けてもいゝので、へえ有難う」
隅「さア仰向におなり、よく掛けて上げるから」
貞「是は恐れ入ります、へえ恐れ入ります、御新造に掛けて戴いて勿体至極もない」
隅「さ、掛けますよ、寒いから額まですっかり掛けますよ、そう見たり何かすると間が悪いわね、さ、襟の処《とこ》を」
貞「あゝ有難う」
隅「どうも重たいねえ」
貞「へえ有難う暖《あった》かでげす」
隅「何《なん》だか寒そうだこと、何か重い物を裾《すそ》の方に押付《おっつ》けると暖《あった》かいから」
というので台所を捜すと醤油樽がある、丁度|昨日《さくじつ》取ったばかりの重いやつを提《さ》げて来て裾の方に載せ、沢庵石と石の七輪を掻巻《かいまき》の袖に載せると、
貞「アヽ有難う、大層|暖《あった》かで、些《ちっ》と重たいくらいでげす」
といったが是は成程重たい訳、石の七輪や沢庵石や醤油樽が載っておりますから、当人は押付《おしつ》けられる様な心持。
貞「へえ有難う、暖《あった》かでげす」
といったぎりぐう/\と好《よ》い心持に寝付きました。
七十七
お隅はそっと奥の様子を見ると、一角が蹌《よろ》けながら、四畳半の床の上に横になった様子でございますから、そっと中仕切《なかじきり》の襖《ふすま》を閉《た》って、台所の杉戸を締め、男部屋の杉戸を静《しずか》に閉って懐中から出して抜いたのは富五郎を殺害《せつがい》して血に染まった儘《なり》の匕首《あいくち》、此の貞藏があっては敵討の妨げをする一人だから、先《ま》ず貞藏《これ》から片付けようというので、仰向に寝て居る貞藏の口の処へどんと腰を掛けながら、力任せに咽喉《のど》を突きましたから、
貞「ワーッ」
といったが掻巻と布団が掛って居りますから、苦《くるし》む声が口籠《くちごも》って外《そと》へ漏れませぬ。一抉《ひとえぐ》り抉ると足をばた/\/\とやったきり貞藏は呼吸《いき》が絶えました。お隅はほっと息を吐《つ》いて掻巻の袖で匕首の血を拭《ぬぐ》って鞘に納め、そっと杉戸を明けて台所へ来て、柄杓《ひしゃく》で水をぐっと呑み、はッはッという息づかい、もう是《こ》れで二人の人を殺しましたなれども、夫の仇《あだ》を討とうという一心でござりますから、顔色《かおいろ》の変ったのを見せまいと、一角の寝床へそっと来て、顔を横に致しまして、
隅「先生/\もうお寝《やす》みなすったか」
安「うーん貞藏は寝たか」
隅「はい能く寝ました、大層酔いましてねえ」
安「酔っても宜《い》いから、あんな奴に構うな、寝ろよ」
隅「寝ろって夜具がありません、私は食客《いそうろう》でございますから此処《こゝ》に坐っています」
安「そんな詰らぬ遠慮にはおよばぬ、全く疑念が晴れて、己の女房になる気なら真実可愛いと思うから、手前に楽をさして真実|尽《つく》すぞ」
隅「誠に有難いこと、勿体ないけれども、そんなら此の掻巻の袖の方から少し許《ばか》り這入りまして」
安「いや少し許りでなくって、たんと這入れ」
隅「それじゃア御免なさいまし」
と夜着《よぎ》の袖をはねて、懐中から出した匕首を布団の下に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]《はさ》んで、足で踏んで鞘を払いながら、
隅「じゃア御免遊ばせ、横になりますから」
安「さア這入れ」
と一角が夜着の袖を自ら揚げる処を、
隅「亭主の敵」
と死物狂いに突掛《つっかゝ》るという。お話二つに別れまして麹屋では更に斯様《かよう》な事は存じません。暁方《あけがた》になってお隅がいない処から家中《うちじゅう》捜しても居ない、六畳の小間が血だらけになっているから掻巻を撥《はね》ると、富五郎が非業な死に様《よう》、傍《わき》の処に書置が二通あって、これにお隅の名が書いてあるから、亭主は驚きまして、直《すぐ》に是を開いて読んで見ると、富五郎の白状に依《よ》って夫の敵は一角と定まり、女ながらも富五郎は容易《たやす》く仕止めたから、直に一角の隠れ家交遊庵へ踏込《ふんご》んで、首尾よく往《い》けば立帰って参りますが、女の細腕、若《も》し返り討になりました時は、羽生村へ話をして此の書置を遣り、又関取へもお便りなすって、惣吉成人の後《のち》関取を頼んで旦那と私の敵を討たして下さい、証拠は富五郎の白状に依って手引をした者は富五郎、斬った者は一角と定まりました、夫故《それゆえ》に今晩交遊庵に忍び入ります、永々《なが/\》お世話様になりました、有難い。という重ね/″\の礼まで書残してあるから、それッというので、麹屋の亭主は大勢の人を頼んで恐々《こわ/″\》ながら交遊庵に参ったのは丁度|夜《よ》の暁方《あけがた》、参って見ると戸が半ば明いて居ります、何事か分
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