、旨く云ったってにこ/\顔付に見えるよ」
新「何がにこ/\、冗談じゃアねえ、帰《けえ》らねえ、おい」
累「はい、何卒《どうか》お前さん坊の始末を」
新「始末も何もねえ、行《ゆ》かねえか」
賤「其様《そんな》に云わずにお前お帰りよ、折角お迎いにお出《いで》なすったに誠にお気の毒様、大事な御亭主を引留めてね、さアお帰りよ、手を引かれてよ」
新「何を云うのだ、帰《けえ》らねえか」
と、さア癇癪に障ったから新吉は、突然《いきなり》利かない身体の女房お累の胸倉を取るが早いか、どんと突くと縁側から赤ん坊を抱いたなりコロ/\と転がり落ち、
累「あゝ情ない、新吉さん、今夜帰って下さらんと此の児《こ》の始末が出来ません」
と泥だらけの姿で這上るところを突飛ばすと仰向に倒れる、と構わずピタリと戸を閉《た》てゝ、下《おろ》し桟《ざん》をして仕舞ったから、表ではお累がワッと泣き倒れまする。此の時雨は愈々《いよ/\》烈《はげ》しくドウドッと降出します。
新「エヽ気色が悪《わり》い、酒を出しねえ」
賤「酒をったって私は困るよ、彼様《あん》な酷《ひど》いことをして、一寸帰ってお遣《や》りよ」
新「うまく云ってやアがる、酒を出しねえ、冷たくっても宜《い》いや」
と燗冷《かんざま》しの酒を湯呑に八分目ばかりも酌《つ》いで飲み、
新「お前《めえ》も飲みねえ」
と互に飲んで床につくと、何《ど》ういう訳か其の晩は、お賤が枕を付けると、常になくすや/\能く寝ます。小川から雨の落込んで来る音がどう/\といいます。夜は深《ふ》けて一際《ひときわ》しんと致しますと、新吉は何うも寝付かれません。もう小一時《こいっとき》も経《た》ったかと思うと、二畳の部屋に寝て居りました馬方の作藏が魘《うなさ》れる声が、
作「ウーン、アア……」
新「忌《いめ》えましい奴だな、此畜生《こんちきしょう》、作藏/\おい作や、魘れて居るぜ、作藏、眼を覚まさねえかよ、作藏、夢を見て居るのだ」
作「エ、ウウ、ウンア」
新「忌えましい畜生だ、やい」
作「ヘエ、あゝ」
新「胆《きも》を潰さア、冗談じゃアねえ寝惚けるな、お賤が眼を覚さア」
作「寝惚けたのじゃアねえよ」
新「何うした」
作「己《おれ》が彼処《あすこ》に寝て居るとお前《めえ》、裏の方の竹を打付《ぶっつ》けた窓がある、彼処のお前雨戸を明けて、何うして這入《へえ》ったかと見ると、お前の処の姉御、お累さんが赤ん坊を抱いて、ずぶ濡れで、痩せた手を己の胸の上へ載せて、よう新吉さんを帰《けえ》しておくんなさいよ、新吉さんを帰しておくんなさいよと云って、己が胸を押圧《おっぺしょ》れる時の、怖《こえ》えの怖くねえのって、己はせつなくって口イ利けなかった」
新「夢を見たのだよ、種々《いろん》な事で気を揉むから然《そ》う云う夢を見るのだ、夢だよ」
作「夢で無《ね》えよ、あゝ彼処の二畳の隅に樽があるだろう」
新「ウン」
作「樽の上に簑《みの》が掛けてある」
新「ウン、ある」
作[#「作」は底本では「新」]「簑の掛けてある処に赤ん坊を抱いて立って居るよう」
新「よせ畜生、気の故《せい》だ」
作「気の故じゃア無え、あゝ怖《おっ》かねえ、あれ/\」
新「おい潜り込んで己の処へ這入《へえ》って来ちゃアいけねえ、仕様がねえなア」
とん/\、
「御免なさい/\」
新「誰だい」
作「また来た、あゝ怖っかねえ/\」
新「誰だい」
男「えゝ新吉さんは此方《こちら》にお出《いで》なさいますか、ちょっくら帰《けえ》って、家《うち》は騒ぎが出来ました、お累さんが飛んだ事になりましたから方々《ほう/″\》捜して居たんだ、直《すぐ》に帰《けえ》って下せえ」
作「誰だか」
新「誰だか見な」
作「怖くって外へは出られねえ、皆《みんな》此処《こゝ》に居るだけれども、中々歩く訳にいかねえ、足イすくんで歩かれねえ」
四十六
新「何方《どなた》でございます」
とガラリと明けて見ると村の者。
男「やア新吉さん、居たか、あゝ好《よ》かった、さア帰《けえ》って、気の毒とも何《なん》とも姉御の始末が付かねえ、何《ど》うも捜したの捜さねえのって直ぐ帰《けえ》らないではいけねえ、届ける所へ届けて、名主様へも話イしてね、困るから、さア帰《けえ》って」
と云われ、新吉は何《なん》の事だかとんと分りませんが、致し方なく夜明け方に帰りますると、情ないかな、女房お累は、草苅鎌の研澄《とぎすま》したので咽喉笛《のどぶえ》を掻《かき》切って、片手に子供を抱いたなり死んで居るから、ぞっとする程凄かったが、仕方がないから気が狂《ちが》ってなどと云立て、先《ま》ず名主へも届けて野辺送りをする事になりました。それからは懲りて三藏も中々容
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