えからよ」
 新「サア出せ、出さねえと撲るぞ、厭でも撲るぞ、此度《こんだ》ア手じゃアねえ薪《まき》だぞ、放さねえか」
 累「アヽお情ない、新吉さん此の蚊帳は私が死んでも放しません」
 と縋《すが》りつくのを五つ六つ続け打《うち》にする。泣転《なきころ》がる処を無理に取ろうとするから、ピリ/\と蚊帳が裂ける生爪が剥《は》がれる。作藏は、
 作「南無阿弥陀仏/\、酷《ひど》い事をするなア、顔は綺麗だが、怖《おっ》かねえ事をする、怖《こえ》えなア」
 新「サア此の蚊帳《かやア》持って行《ゆ》こう」
 作「アレ/\」
 新「なに」
 作「爪がよう」
 新「どう、違《ちげ》えねえ縋り付きやアがるから生爪が剥がれた、厭な色だな、血が付いて居らア、作藏|舐《な》めろ」
 作「厭だ、よせ、虫持《むしもち》じゃア有るめえし、爪え喰う奴があるもんか」
 新「此の蚊帳《かやア》持って往ったら三両か五両も貸すか」
 作「貸《つ》くもんか」
 新「爪を込んで借りよう」
 作「琴の爪じゃアあるめえし」
 とずう/\しい奴で、其の蚊帳を肩に引掛《ひっか》けて出て行《ゆ》きます。お累は出口へ斯《こ》う這出したが、口惜《くや》しいと見えて、
 累「エヽ新吉さん」
 と云うと、
 新「何をいやアがる」
 とツカ/\と立ち戻って来て、脇に掛って有った薬鑵《やかん》を取って沸湯《にえゆ》を口から掛けると、現在我が子與之助の顔へ掛ったから、子供は、
 子供「ヒー」
 と二声《ふたこえ》三声《みこえ》泣入ったのが此の世のなごり。
 累「鬼の様なるお前さん」
 新「何をいやアがるのだ」
 と持って居た薬鑵を投げると、双《もろ》に頭から肩へ沸湯を浴《あび》せたからお累は泣倒れる。新吉は構わずに作藏を連れて出て参りましたが、斯う憎くなると云うのは、仏説でいう悪因縁で、心から鬼は有りませんが、憎い/\と思って居る処から自然と斯様《かよう》な事になります。

        四十四

 新吉は蚊帳を持って出まして、是を金にして作藏と二人でお賤の宅へしけ込み、こっそり酒宴《さかもり》を致して居ります、其の内に段々と作藏が酔って来ると、馬方でございますから、野良で話を為《し》つけて居りますから、つい声が大きくなる。
 新「おい作、手前《てめえ》酔うと大きな声を出して困る、些《ちっ》と静かにしろ」
 作「静かにたって、大丈夫《でえじょうぶ》だ人子《ひとっこ》一人通らねえ土手下の一軒家田や畑で懸隔《かけへだ》って誰も通りゃアしねえから心配《しんぺえ》ねえよ」
 賤「いゝよ、私はまた作さんの酔ったのは可笑しいよ余念が無くって、お前さん慾の無い人だよ」
 作「慾が無《ね》い事《こた》アねえ、是で慾張って居るだが、何方《どっち》かというと足癖の悪《わり》い馬ア曳張《ひっぱ》って、下り坂を歩くより、兄いと二人で此処《こけ》え来て、斯う遣って酔って居れば好《い》いからね、先刻《さっき》は己《おら》ア酔《えい》が醒めたね」
 新「止せえ、先刻の話は止せよ」
 作「止せたってお賤さん、お前《めえ》マア新吉さんは可愛いゝ人だと思って居るから、首尾して、他人《ひと》にも知んねえように白《しら》ばっくれて寄せるけれども、新吉さんが此処《こけ》え来るってえ心配《しんぺえ》は是《こ》りア己《おれ》が魂消《たまげ》た事がある、今日ね」
 新「そんな詰らねえ事をいうな手前《てめえ》は酔うとお喋《しゃべ》りをしていけねえ」
 作「お喋りったって、一杯《いっぺえ》飲んで図に乗っていうのだ、エヽ、おい、それでねえ、マア一杯飲んで帰《けえ》った処が、銭イなえと云うから、無くったって好《い》いや、何《なん》でもお賤さんの処《とこ》へ行ってお呉んなせえというと、いつも行って馳走になって小遣《こづけえ》貰って帰《けえ》るべえ能でもねえじゃアねえか、何卒《どうか》己も偶《たま》にア旨《うめ》え物でも買って行って、お賤に食わしてえって、其処《そこ》はソレ情合《じょうあい》だからそんな事を云ったゞが、いゝや旨え物持って行くたって無《ね》えものはハア駄目だ、お賤さんの方が、旨え物|拵《こし》れえて待って居るから今夜呼んで来てくんなせえよと、己が頼まれたから構わねえじゃアねえかと云っても、金が無ければてえので家《うち》へ帰《けえ》ると、家に蚊帳が釣って有るだ」
 新「よせ/\、そんな話は止せよ」
 作「話したって宜《よ》かんべえ、それで其の蚊帳《かやア》質屋へ持って行こうって取りに掛ると、女房《かみさん》は塩梅《あんべえ》が悪《わり》いし赤ん坊は寝て居るし」
 新「コレよせ、よさねえか」
 作「云ったって宜《え》え、そんなに小言云わねえが宜え、蚊帳へ縋《すが》り付いて、己《おら》ア宜えが子供が蚊に喰われて憫然《かわいそう》だから何卒《どう
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