すのも夢中でね、ヘイ何《ど》うも初めて参りましたが、泊《とまり》で聞き/\参りました者で、勝手を知りませんから難儀致しまして、もう川へ落ちたり田の中へ落ちましたりして、漸々《よう/\》の事で此方《こちら》まで参りましたが、何うか一晩お泊めなすって下されますれば有難い事で」
 男「泊めるたって泊めねえたって己《おれ》の家《うち》じゃアねえ、己も通り掛って雷鳴が嫌いで、大雨は降るし、仕様が無《な》えが、此処《こゝ》ナ家《いえ》へ駈込んで、主《あるじ》は留守だが雨止《あまや》みをする間、火の気が無《な》えから些《ちっ》とばかり麁朶《そだ》を突燻《つっくべ》て燃《もや》して居るだが、己が家《うち》でなえから泊める訳にはいきませんが、今|主《あるじ》が帰《けえ》るかも知んねえ、困るなれば、此処《こゝ》へ来て、囲炉裡《いろり》の傍《はた》で濡れた着物を炙《あぶ》って、煙草でも呑んで緩《ゆっく》り休みなさえ」
 新「ヘエ貴方の家《うち》でないので」
 男「私《わし》が家では無《な》えが、同村《どうそん》の者だが雨で仕様がねえから来ただ」
 新「左様で、此方《こちら》の御主人様は御用でも有ってお出掛になったので」
 男「なアに主《あるじ》は十日も廿日《はつか》も帰らぬ事もある、まア上りなさえ」
 新「有難うございますが泥だらけになりまして」
 男「泥だらけだって己も泥足で駈込んだ、此方《こっち》へ上りなさえ、江戸の者が在郷へ来ては泊る処に困る、宿を取るには水街道へ行がねえば無《ね》えからよ」
 新「はい水街道の方から参ったので、有難うございます、実に驚きました、酷《ひど》い雨で、此様《こんな》に降ろうとは思いませんでした、実に雨は一番困りますな」
 男「今雨が降らんでは作《さく》の為によく無《な》えから、私《わし》の方じゃア降《ふる》も些《ちっ》とはよいちゃア」
 新「成程そうでしょうねえ、雷鳴《かみなり》には実に驚きまして、此地《こっち》は筑波《つくば》近《ぢか》いので雷鳴は酷《ひど》うございますね」
 男「雷も鳴る時に鳴らぬと作の為によく無《な》えから鳴るもえゝだよ」
 新「ヘエー、然《そ》うでげすか、此方《こちら》の旦那様は何時頃《いつごろ》帰りましょうか」
 男「何時《いつ》帰《けえ》るか知れぬが、まア、何時帰ると私等《わしら》に断って出た訳で無《ね》えから受合えねえが、明けると大概|七《なゝ》八日《ようか》ぐれえ帰らぬ男で」
 新「ヘエ、困りますな、何《ど》う云う御商売で」
 男「何うだって遊人《あそびにん》だ、彼方《あっち》此方《こっち》二晩三晩と何処《どこ》から何処へ行くか知れねえ男で、やくざ野郎サ」
 新「左様で、道楽なお方でございますので」
 男「道楽だって村じゃア蝮《まむし》と云う男だけれども、又用に立つ男さ」
 と悪口《わるくち》をきいて居る処へ、ガラリと戸を明けて帰って来たが、ずぶ濡《ぬれ》で、
 甚「あゝ酷《ひど》かった」
 男「帰《けえ》ったか」
 甚「ムヽ今|帰《けえ》った、誰だ清《せい》さんか、今帰ったが、松《まつ》が賀《か》で詰らねえ小博奕《こばくち》へ手を出して打って居ると、突然《だしぬけ》に手が這入《へえ》って、一生懸命に逃げたが、仕様がねえから用水の中へ這入って、ボサッカの中へ隠れて居た」
 清「己《おれ》は今通り掛《がゝ》って雨に遇《あ》って逃げる処がねえのに、雷様《らいさま》が鳴って来たから魂消《たまげ》てお前《めえ》らが家《うち》へ駈込んで、今囲炉裡へ麁朶ア一燻《ひとくべ》したゞ」
 甚「いゝや何《ど》うせ開《あけ》ッ放《ぱな》しの家《うち》だアから、是は何処《どこ》の者だ、何《なん》だいお前《めえ》は」
 清「此家《ここ》な主人《あるじ》で、挨拶さっせえ、是は江戸の者だが雨が降って雷鳴《かみなり》に驚き泊めてくれと云うが、己《おれ》が家《うち》でねえからと話して居る処だ、是が主人だ」
 新「左様で、初めまして、私《わたくし》は江戸の者で、小商《こあきない》を致します新吉と申す不調法者、此地《こちら》へ参りましたが、雷鳴《かみなり》が嫌いで此方様《こちらさま》へ駈込んだ処が、お留守様でございますから泊《とめ》る訳にはいかぬと仰しゃって、お話をして居る処で、よくお帰りで、何卒《どうぞ》今晩一晩お泊め下されば有難い事で、追々夜が更けますから、何卒一晩|何様《どん》な処でも寝かして下されば宜しいので」
 甚「好《い》い若《わけ》え者《もん》だ、いゝや、まア泊って行きねえ、何《ど》うせ着て寝る物はねえ、留守勝《るすがち》だから食物《くいもの》もねえ、鍋は脇へ預けてしまったしするから、コロリと寝て明日《あした》行きねえ、己と一緒に寝ねえ」
 新「ヘエ、有難う存じます」
 清「己《おら》ア帰《けえ》るよ」
 
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