にて、己の名を知っているのは何奴《なにやつ》か、事に依ったら、花車が来たかも知れないと思うから、油断は致しませんで、大刀《だいとう》の目釘を霑《しめ》し、遠くに様子を伺って居りますと、子分がそれへ出て、
甲「やい手前《てめえ》は何者だ」
九十七
花「いえ私《わし》は花車重吉という相撲取でございますが、先生《しぇんしぇい》は立派なお侍さんだから、逃げ隠れはなさるまい、慥《たし》かに此処《こゝ》にいなさる事を聞いて来たんだから、尋常に此の惣吉様の兄《あに》さんの敵と名のって下せい、討つ人は十二三の小坊主|様《さん》だ、私は義に依って助太刀をしに参ったものだから、何十人でも相手になるから出てお呉んなせい」
といわれ、悪漢《わるもの》どもは、あゝ予《かね》て先生から話のあった相撲取は此奴《こいつ》だなと思いましたから、直《すぐ》に一角の前へ行きまして此の事を告げました。一角も最早観念いたしておりまするから、
安「そうか、よい/\、手前達先へ出て腕前を見せてやれ」
といわれ、悪漢どもも相撲取だから力は強かろうが、剣術は知るめえから引包《ひっつゝ》んで餓鬼諸共打ってしまえ、とまず四人ばかり其処《そこ》へ出ましたが、怖いと見えまして、
甲「尊公《そんこう》先へ出ろ」
乙「尊公から先へ」
丙「相撲取だから無闇にそういう訳にもいかない、中々油断がならない、尊公から先へ」
丁「じゃア四人一緒に出よう」
と四人|均《ひと》しく刀を抜きつれ切ってかゝる、花車は傍《かたわら》に在《あ》った手頃の杉の樹《き》を抱えて、総身《そうしん》に力を入れ、ウーンと揺《ゆす》りました、人間が一生懸命になる時は鉄門でも破ると申すことがございます。花車は手頃の杉の樹をモリ/\/\と拗《ねじ》り切って取直し、満面朱を灌《そゝ》ぎ、掴み殺さんず勢いにて、
花「此の野郎ども」
といいながら杉の幹を振上げた勇気に恐れ、皆近寄る事が出来ません。花車は力にまかせ杉の幹をビュウ/\振廻し、二人を叩き倒す、一人が逃げにかゝる処を飛込んで打倒《ぶちたお》し、一人が急いで林の中へ逃げ込みますから、跡を追って参ると、安田一角が野袴《のばかま》を穿き、長い大小を差し、長髪に撫で附け、片手に種ヶ島の短銃《たんづゝ》に火縄を巻き附けたのを持って、
安「近寄れば撃ってしまうぞ、速《すみや》かに
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