恟《びっ》くり致しました。絶え/″\に成っていました新吉は血《のり》に染った手を突き、耳を欹《たっ》て聞いております。
尼「私も種々《いろ/\》悪い事をした揚句、一度出家はしたが路銀に困っている処へ通り合せた親子連の旅人《りょじん》小金原の観音堂で病に苦しんで居る様子だから、此の宗觀|様《さん》をだまして薬を買いに遣った跡で、お母様《ふくろさん》を縊殺《くびりころ》したは此のお熊、私はお前|様《さん》のお母様《っかさん》の敵だから私の首を斬って下さい」
と新吉が持っていました鎌を取って、お熊比丘尼は喉を掻切って相果てました。其の内村の者も参り、観音寺の和尚様も来て、何しろ捨《すて》ては置かれないと早速此の由《よし》を名主から代官へ訴え検死済の上、三人の死骸は観音堂の傍《わき》へ穴を掘って埋め、大きな墓標《はかじるし》を立てました。是が今世に残っておりまする因果塚で、此の血に染った鎌は藤心村の観音寺に納まりました。扨《さて》宗觀は敵の行方が知れた処から、還俗《げんぞく》して花車を頼み、敵討が仕度《した》いと和尚に無理頼みをして観音寺を出立するという、是から敵討に成ります。
九十四
塚前村観音堂へ因果塚を建立致し、観音寺の和尚|道恩《どうおん》が尽《ことごと》く此の因縁を説いて回向を致しましたから、村方の者が寄集まって餅を搗き、大した施餓鬼《せがき》が納まりました。斯《か》くて八月十八日施餓鬼|祭《まつり》を致しますと、観音寺の弟子宗觀が方丈の前へ参りまして、
宗「旦那様」
道「いや宗觀か、なんじゃ」
宗「私はお願いがありますが、旦那さまには永々《なが/\》御厄介に相成りましたが、私は羽生村へ帰り度《と》うございます」
道「ウン、どうも貴様は剃髪《ていはつ》する時も厭がったが、出家になる因縁が無いと見える、何故羽生村へ帰り度《た》いか、帰った処が親も兄弟もないし、別に知るものもない哀れな身の上じゃないか、よし帰った処が農夫《ひゃくしょう》になるだけの事、実《じつ》何《ど》うしても出家は遂《と》げられんか」
宗「はい私は兄と姉の敵が討ちとうございます」
道「これ、此間《こないだ》もちらりと其の事も聞いたから、音助にも宜《よ》う宗觀にいうてくれと言附けて置いたが、敵討という心は悪い心じゃ、其の念を断《き》らんければいかん、執念して飽くま
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