新「えゝ、そうでございますか、是はどうも思い掛けねえ事で」
 音「なんだ、お前《めえ》さん知ってるのか」

        九十二

 新「なに知って居やア仕ませんがね、私も方々旅をしたものだから、何処《どこ》の村方には何《なん》という名主があるかぐらいは知って居ます、惣右衞門さんには、水街道辺で一二度お目に掛った事がございますが、それはまアおいとしい事でございましたな」
 というものゝ、音助の話を聞く度《たび》に新吉が身の毛のよだつ程辛いのは、丁度今年で七年前、忘れもしねえ八月廿一日の雨の夜《よ》に、お賤が此の人の親惣右衞門の妾に成って居たのを、己と密通し、剰《あまつさ》え病中に縊《くび》り殺し、病死の体《てい》で葬りはしたなれ共、様子をけどった甚藏|奴《め》は捨てゝは置かれねえとお賤が鉄砲で打殺《うちころ》したのだが土手の甚藏は三十四年以前にお熊が捨児にした総領の甚藏でお賤が為には胤違《たねちが》いの現在の兄を、女の身として鉄砲で打殺すとは、敵同士の寄合、これも皆因縁だ、此の惣吉殿のいう事を聞けば聞く程脊筋へ白刄《しらは》を当てられるより尚《なお》辛い、アヽ悪い事は出来ないものだと、再び油の様な汗を流して、暫くは草刈鎌を手に持ったなり黙然《もくねん》として居りました。
 音「あんた、どうしたアだ、塩梅《あんべえ》でも悪《わり》いか、酷《ひど》く顔色が善《よ》くねえぜ」
 新「ヘエ、なアに私はまだ種々《いろ/\》罪があって出家を遂《と》げ度《た》いと思って、此の庵室に参って居りまするが、此のお小僧さんの様に年もいかないで出家をなさるお方を見ると、本当に羨ましくなって成りませんから、私も早く出家になろうと思って、尼さんに頼んでも、まだ罪障《つみ》が有ると見えて出家にさせて呉れませんから、斯《こ》う遣って毎日無縁の墓を掃除すると功徳になると思って居りまするが、今日は陽気の為か苦患《くげん》でございまして、酷く気色が悪いようで」
 音「お前さんの鎌は甚《えら》く錆びて居やすね、研《と》げねえのかえ」
 新「まだ研ぎようを本当に知りませんが、此間《こないだ》お百姓が来た時聞いて教わったばかりでまだ研がないので」
 音「己《おら》ア一つ鎌をもうけたが、是を見な、古い鎌だが鍛《きてえ》が宜《い》いと見えて、研げば研ぐ程よく切れるだ、全体《ぜんてえ》此の鎌はね惣吉どんの村に三藏
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