違いで、金も何もない、角力取だよ」
武「金がなければ気の毒だが帯《さ》して居る胴金《どうがね》から煙草入から身ぐるみ脱いで行って貰い度《た》い」
花「そんなこといって困りますよ、身幅《みはゞ》の広いこんな着物を持って行ったって役に立ちはしません、煙草入だって、こんな大きな物持って行ったって提げられやあせん、売ったって銭にもならぬに困りますよ、然《そ》う胴突《どうづ》いては困るよ/\」
といいながら段々花車は後《あと》へ下《さが》ると、後《うしろ》の見上げる様な庚申塚の処へこう寄り掛りました。前の奴は二人で、一人は右の腕を押《おさ》え、一人は胸倉を取って押える、後《うしろ》の奴はせつない、庚申塚と関取の間にはさまれ、
「もっと前に」
といっても同類の名をいうことが出来ない。此の三人は安田一角の廻し者、花車を素っぱだかにしてなぶり殺しに致すようにすれば、是《こ》れだけの手当を遣るということに疾《と》うより頼まれて居る処、出会って丁度幸い、いゝ正月をしようという強慾非道の武士三人、漸《やっ》と捕《とら》まいたが、花車は怜悧《りこう》ものだから、此奴《こやつ》らは悪くしたら廻し者だろうと思い、
花「まアそんなに押えられては困りますね、待ちなさい上げますよ、達《た》ってと云えば上げますよ/\」
武「呉れぬといえば許さぬ、浪人の身の上|切取《きりとり》強盗は武士の習い、云い出しては後《あと》へ引かぬからお気の毒ながら切り刻んでもお前の物は残らず剥《は》ぐぜ、遁《のが》れぬ事と諦めて出しな、裸体《はだか》はお前の商売だ、裸体で行《ゆ》くのは何《なん》でもないわ」
花「だから上げるけれども、待ちなさいよ」
と左の手に持って居た傘をぽんと投出し前から胸倉を取って押えて居る一人の帯を押えて、
花「お前さん、そう胸倉を押していては私《わし》は着物を脱ぐことが出来ぬから、胸倉を緩《ゆる》めて、裸体《はだか》になりますよ、私も災難じゃア、寒くはないから、私に裸体になれてえばなりますから、胸倉を押えていては脱げませんから緩めて」
前の奴のうっかり緩める処を見て、
花「なにをなさる」
といいながら一人の奴の帯を取ってぽんと投げると、庚申塚を飛越して、後《うしろ》の沼の中へ、ぽかんと薄氷《うすごおり》の張った泥の中へ這入った。すると右の手を押えた奴は驚きバラ/\逃げ出した。
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