申し続きまする累ヶ淵のお話で、お隅が交遊庵という庵室に隠れている一角の処へ斬り込みまするという、女ながらもお隅は一生懸命でござりまして、雪の降る中を傘もなしに手拭を冠《かぶ》りまして跣足《はだし》で駈けて参って、笠阿弥陀堂から右に切れると左右は雑木山でござります、此の山の間を段々と爪先|上《あが》りに登って参りますると、裏手は杉檜などの樹木がこう/\と生い茂って居りまする処へ、門の入口の処に交遊庵の三字を題しました額が掛っております。門の締りは厳重になっておりまするなれども、家へは近《ちこ》うござります、何処《どこ》か外《ほか》から這入口《はいりぐち》はなかろうかと横手に廻って見ても外に入口《いりくち》はない様子、暫《しばら》く門の処に立って内の様子を窺《うかゞ》っていると、丁度一角が寝酒を始めて、貞藏《ていぞう》という内弟子を相手にぐび/\と遣《や》りましたから、門弟も大分酩酊致しておりまする様子。
隅「御免なさいまし、御免なさいまし、一寸|此所《こゝ》を明けて下さいまし、あの、先生は此方《こちら》にいらっしゃいますか」
というと戸締りは厳重にしてあり、近いといっても門から家までは余程|隔《へだ》って居りますが、雪の夜《よ》で粛然《しん》としているから、遥《はるか》に聞える女の声。
安「貞藏/\誰《たれ》か門を叩いている様子じゃ」
貞「いや大分雪が降って参りました、私《わたくし》先程台所を明けたらぷっと吹込みました、どうして中々余程の雪になりましたから、此の夜中《やちゅう》殊《こと》に雪中《せっちゅう》に誰《たれ》も参る筈はございませぬ」
安「でも、それ門を叩く様子じゃ」
貞「いゝえ大丈夫」
安「いや左様でない…それそれ見ろ…あの通り…それ叩くだろう」
貞「へえ成程えゝ見て参りましょう、えゝ少々御免遊ばして、大層酩酊致しました、ひょろ/\致して歩けませぬ、えゝ少々…なに誰《だれ》だい、誰《たれ》か門を叩くかい…誰《だれ》だい」
隅「はい、あの安田一角先生は此方《こちら》にいらっしゃいますか」
貞「安田と、安田先生ということを知って来たのは誰だい」
隅「はい私は麹屋の隅でございますが、一寸先生にお目に掛り度《た》いと存じまして、わざ/\雪の降る中を参りましたが、一寸|此処《こゝ》をお明け遊ばして下さいませんか」
貞「あ、少々控えていな」
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