《くやみ》に上《あが》りましたが、旦那がお亡《なく》なりで嘸《さぞ》もう御愁傷でございましょう、ヘエ私《わっち》も世話に成った旦那で、平常《ふだん》優しくして甚藏や悪い事をすると村へ置かねえぞと、親切に意見をいって、喧《やかま》しい事は喧しいけれども、時々|小遣《こづけえ》もおくんなすってね、善《い》い人で、惜まれる人は早く死ぬと云うが、五十五じゃア定命《じょうみょう》とは云われねえ位《くれえ》で嘸お前さんもお力落しで、新吉|此処《こゝ》に居るのか手前《てめえ》、え、おい」
新「兄い此方《こちら》へお上りなさい」
甚「お賤さん、新吉がお前さんの処へ来て御厄介で、家《うち》は彼様《あん》な塩梅に成って此方《こちら》より外《ほか》に居る処が無《ね》えから、宜《い》い事にして、新吉が寝泊りをして居るというのだが、私《わっち》も新吉もお賤さんもお互に江戸子《えどっこ》で、妙なもので、村の者じゃア話しが合わねえから新吉と私は兄弟分《きょうでえぶん》になり、兄弟分の誼《よしみ》で、互《たげえ》に銭がねえといやア、ソレ持ってけというように腹の中をサックリ割った間柄、新吉の事を悪くいう奴が有ると、何《なん》でえといって喧嘩もする様な訳で、ヘエ有難う、カラもう何《ど》うも仕様がねえ、新吉、物がヘマに行ってな、此の通り人間が馬の腹掛を借りて着て居る様に成っちゃア意気地《いくじ》はねえ、馬の腹掛で寒さを凌《しの》ぐので、ヘエ有がとう、好《い》いお宅でげすねえ、私は初めて来たので」
賤「然《そ》うですか、なに好い家《うち》を拵《こしら》えて下すっても仕方がござりませんよ、斯《こ》う急に、旦那様がお逝去《かくれ》に成ろうとは思いませんでねえ、何時《いつ》までも此処《こゝ》に住んで居る了簡で居りましたが、旦那が亡なられては仕方が有りません。他《ほか》に行《ゆ》く処はなし、まア生れ故郷の江戸へ帰る様な事に成りますが、本当に夢の様な心持で、あゝ詰らないものだと考え出すと悲しく成ってね」
甚「そうでしょう、是は何《ど》うも実になア、新吉お賤さんは何《ど》の位《くれ》え力落だか知れやアしねえ、ナア、ヘエ有難う良《い》いお茶だねえ、此様《こん》な良い茶を村の奴に飲《のま》したって分らねえ、ヘエ有難う、お賤さん誠に申し兼ねた訳でげすがねえ、旦那が達者でいらっしゃれば黙って御無心申すのだが、此の通り
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