いだけに駈《かけ》るのも遅いから、新吉は逃げようとするが、何分《なにぶん》にも道路《みち》がぬかって歩けません。滑ってズーンと横に転がると、後《あと》から新五郎は跛で駈けて来て、新吉の前の処へポンと転がりましたはずみに新吉を取って押え付ける。
新五郎「不埓至極《ふらちしごく》の奴殺してしまう」
と云うに、新吉は一生懸命、無理に跳ね起きようとして足を抄《すく》うと、新五郎は仰向に倒れる、新吉は其の間《ま》に逃げようとする、新五郎は新吉の帯を取って引くと、仰向に倒れる、新吉も死物狂いで組付く、ベッタリ泥田の中へ転がり込む、なれども新五郎は柔術《やわら》も習った腕前、力に任して引倒し、
新五郎「不埓至極な、女房の縁に引かれて真実の兄が言葉を背く奴」
と押伏せて咽喉笛《のどぶえ》をズブリッと刺した。
新「情ない兄《あに》さん…」
駕籠屋「モシ/\旦那/\大そう魘《うな》されて居なさるが、雨はもう上りましたから桐油を上げましょう」
新「エ、アヽ危うい処だ、アヽ、ハアヽ、此処《こゝ》は何処《どこ》だえ」
駕「ちょうど小塚ッ原の土手でごぜえやす」
新「えい、じゃア夢ではねえか、吾妻橋を渡って四ツ木通りと頼んだじゃアねえか」
駕「ヘエ、然《そ》う仰しゃったが、乗出してちょうど門跡前へ来たら、雨が降るから千住へ行って泊るからと仰しゃるので、それから此方《こっち》へ参《めえ》りました」
新「なんだ、エヽ長《なげ》え夢を見るもんだ、迷子札は、お、有る/\、何《なん》だなア、え、おい若衆《わかいしゅ》/\、咽喉は何《なん》ともねえか」
駕「ヘエ、何《ど》うか夢でも御覧でごぜえましたか、魘されておいでなせえました」
新「小用《こよう》がたしてえが」
駕「ヘエ」
新「星が出たな」
駕「ヘエ、好《い》い塩梅《あんべえ》星が出ました」
新「じゃア下駄を出しねえ」
駕「是で天気は定《さだ》まりますねえ」
新「好い塩梅だねえ、おや此処《こゝ》はお仕置場だな」
と見ると二ツ足の捨札に獄門の次第が書いて有りますが、始めに当時無宿新五郎と書いて有るを見て、恟《びっく》りして、新吉が、段々|怖々《こわ/″\》ながら細かに読下すと、今夢に見た通り、谷中七面前、下總屋の中働お園に懸想《けそう》して、無理無体に殺害《せつがい》して、百両を盗んで逃げ、後《のち》お捕方《とりかた
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