前だの」
新「ヘエ私《わたくし》で」
男「イヤ何《ど》うも図らざる処で懐かしい、何うも是は」
と新吉の手を取った時は驚きまして、
新「真平《まっぴら》何うか、私《わたくし》は金も何もございません」
男「コレ、私をお前は知らぬは尤《もっと》も、お前が生れると間もなく別れた、私はお前の兄の新五郎だ、何卒《どうか》して其方《そち》に逢い度《た》いと思い居りしが、これも逢われる時節兄弟縁の尽きぬので、斯様《かよう》な処で逢うのは実に不思議な事で有った、私は深見の惣領新五郎と申す者でな」
三十六
新「ヘエ、成程鼻の高い好《い》い男子《おとこ》だ、眼の下に黒痣《ほくろ》が有りますか、おゝ成程、だが新五郎様と云う証拠が何か有りますか」
新五郎「証拠と云って別にないが、此の迷子札はお前伯父に貰ったと云うが、それは伯父ではない勘藏と云う門番で、それが私《わし》の弟を抱いて散り散《ぢ》りになったと云う事を仄《ほの》かに聞きました、其の門番の勘藏を伯父と云うが、それを知って居るより外《ほか》に証拠はない、尤も外に証拠物もあったが、永らく牢屋の住居《すまい》にして、実に斯様《かよう》な身の上に成ったから」
新「それじゃアお兄様《あにいさま》、顔は知りませんが、勘藏が亡《なく》なります前、枕元へ呼んで遺言して、是を形見として貴方の物語り、此処《こゝ》でお目に掛れましたのは勘藏が草葉の影で守って居たのでしょう、それに付いても貴方のお身形《みなり》は何《ど》う云う訳で」
新五郎「イヤ面目ないが、若気の至り、実は一人の女を殺《あや》めて駈落したれど露顕して追手《おって》がかゝり、片足|斯《か》くのごとく怪我をした故逃げ遂《おお》せず、遂々《とう/\》お縄にかゝって、永い間牢に居て、いかなる責《せめ》に逢うと云えど飽くまでも白状せずに居たれど、迚《とて》も免《のが》るゝ道はないが、一度|娑婆《しゃば》を見度《みた》いと思って、牢を破って、隠れ遂せて丁度二年越し、実は手前に逢うとは図らざる事で有った、手前は只今|何処《いずこ》に居《お》るぞ」
新「私《わたくし》はねえ、只今は百姓の家《うち》へ養子に往《い》きました、先は下総の羽生村で、三藏と云う者の妹娘《いもとむすめ》を女房にして居ります、三藏と申すのは百姓もしますが質屋もし、中々の身代、殊《こと》に江戸に奉公
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