て来て源三郎とおこよと云う女太夫を引攫《ひっさら》って逃げようとする、遣《や》るめえとする、争って鎗で突かれて親父様はお逝去《かくれ》だから、お家は改易になり、座光寺の家も潰《つぶ》れたがね、其の時にお熊は何《なん》でもお胤《たね》を孕《はら》んで居たがね、屋敷は潰れたから、仕方がねえので深川へ引取《ひきとり》、跡は御家督《ごかとく》もねえお前さんばかり、ちょうどお前が三歳《みっつ》の時だが、私が下谷大門町へ連れて来て貰い乳して丹精して育てたのさ、手前《てめえ》の親父《おやじ》や母親《おふくろ》は小さいうち死んで、己《おれ》が育てたと云って、刻煙草《きざみたばこ》をする中で丹精して、本石町四丁目の松田と云う貸本屋へ奉公に遣りましたが実は、己はお前の処に居た門番の勘藏と申す、旧来御恩を頂いた者で、家来で居ながら、お前さんはお旗下の若様だと※[#「救/心」、144−12]《なまじ》い若い人に知らせると、己は世が世なら殿様だが、と自暴《やけ》になって道楽をされると困るから、新吉々々と使い廻して、馬鹿野郎、間抜野郎と、御主人様の若様に悪たい吐《つ》いて、実の伯父甥の様にしてお前さんを育てたから、心安立《こゝろやすだて》が過ぎてお前さんを打《ぶ》った事も有りましたが、誠に済まない事を致しました、私はもう死にますから此の事だけお知らせ申して死度《しにた》いと思い、殊《こと》にお前さんは親類《みより》縁者《たより》は無いけれども、たゞ新五郎様と云う御惣領《ごそうりょう》の若様が有ったが、今居れば三十八九になったろうけれども行方知れず覚えて居て下さい、鼻の高い色の白い好《い》い男子《おとこ》だ、目の下に大きな黒痣《ほくろ》が有ったよ、其の方に逢うにも、お前さんがこの迷子札を証拠に云えば知れます、アヽもう何も云う事は有りませんが、唯《たゞ》馬鹿野郎などと悪態を吐《つ》きました事は何卒《どうぞ》真平《まっぴら》御免なすって、仏壇《ほとけさま》にお前様《まえさん》の親父様《おとッつぁま》の位牌《いはい》を小さくして飾って有ります、新光院《しんこういん》様と云って其の戒名だけ覚えて居ります、其の位牌を持って往って下さい」
三十五
新「然《そ》うかい、私は初めて伯父さん聞いたがねえ、だがねえ、私が旗下の二男でも、家が潰れて三歳《みっつ》の時から育てゝくれゝば親よりは大事
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