難う存じます」
旦「いや何うもお礼では痛み入ります」
三「お母《っか》さん何か一寸《ちょいと》お飯物《まんまもの》を色取りして何うか……」
婆「はい畏《かしこま》りました……ちょいとあの美代吉や下りてお出で、美土代町の旦那様が入らっしったよ」
美「はい」
と返事をいたし、しと/\階子《はしご》を下りて参り、長手の火鉢の前に坐りましたが髪が、結《い》い立《たて》でお化粧《しまい》の為立《した》てで、年が十九故|十九《つゞ》や二十《はたち》という譬《たと》えの通り、実に花を欺くほどの美くしい姿で、にやりと笑い顔をしながら物数《ものかず》云わず、
美「よくお出でなさいました」
旦「今広小路で師匠に会ったからちょいとお母さんにお近附《ちかづき》に成ろうと思って来たのさ」
三「美代吉さん、何うも私の方は慾でげすが、旦那の方は御厄介になって余り感心しないが、それを一緒に往《ゆ》くと仰しゃるのでお供をして此方《こちら》へ来たのてえのは、其処《そこ》に種々《いろ/\》御親切な話が有るんで、本当に後《あと》でお聞《きか》せ申したい事が有るんでげすぜ」
美「それはほんとに嬉しい事ねえ」
婆「今お土産を戴いたよ」
美「毎度有難う存じます」
三「何か旦那の召上り物を何うかお早く」
婆「此処らでは鳥八十《とりやそ》さんが早いから、彼処《あすこ》へ往って何か照り焼か何かで、御飯《ごはん》を上るのだから色取をして然う云って来なよ、宜《よ》いかえ、御飯は家《うち》のは冷たいから暖《あった》かいのを三人前に、お香物《こう/\》の好《い》いのを持って来るように然う云ってくんな、あれさ家のは臭くていけないから、これさ人のいう事を宜く聞きなよ、それからお菓子を、なに落雁じゃアないよ、お客様だから蒸菓子の好いのを」
と下女に云附け、誂《あつら》え物の来る内、何か有物《ありもの》でちょいとお酒が出ました。この奧州屋の新助《しんすけ》は一体お世辞の善《よ》い人で、芸者や何かを喜ばせるのが嗜《す》きな人だから、何か褒めようと思って方々《ほう/″\》見廻したが、何も有りません。三尺の壁床《かべどこ》に客の書いたものが余り宜い手では無く、春風春水一時来《しゅんぷうしゅんすいいちじにきたる》と書いてあり、紙仕立《かみじたて》の表装で一|幅《ぷく》掛けてありますが、余り感心致しません。其の傍《そば》の欄間に石版画の額
前へ
次へ
全57ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング