やうへいくん》さ。乙「へー何《ど》う云《い》ふ理由《わけ》です。甲「ハテ恵比寿麦酒《ゑびすびーる》の会社長《くわいしやちやう》で、日本《にほん》で御用達《ごようたし》の発《おこ》りは、蛭子《ひるこ》の神《かみ》が始めて神武天皇《じんむてんのう》へ戦争の時|弓矢《ゆみや》と酒《さけ》や兵糧《ひやうろう》を差上《さしあ》げたのが、御用《ごよう》を勤《つと》めたのが恵比須《えびす》の神《かみ》であるからさ。乙「成程《なるほど》、そこで寿老神《じゆらうじん》は。甲「安田善次郎君《やすだぜんじらうくん》よ、茶があるからおつな頭巾《づきん》を冠《かむ》つて、庭を杖《つゑ》などを突《つ》いて歩いて居《ゐ》る処《ところ》は、恰《まる》で寿老人《じゆらうじん》の相《さう》があります。乙「シテ福禄寿《ふくろくじゆ》は。甲「ハテ品川《しながは》の益田孝君《ますだかうくん》さ、一|夜《や》に頭《あたま》が三|尺《じやく》延《のび》たといふが忽《たちま》ち福《ふく》も禄《ろく》も益田君《ますだくん》と人のあたまに成《な》るとは実《じつ》に見上《みあ》げた仁《ひと》です、殊《こと》に大茶人《だいちやじん》で書巻《しよくわん》を愛してゐられます、先日《せんじつ》歳暮《せいぼ》に参《まゐ》つたら松《まつ》と梅《うめ》の地紋《ぢもん》のある蘆屋《あしや》の釜《かま》を竹自在《たけじざい》に吊《つ》つて、交趾《かうち》の亀《かめ》の香合《かうがふ》で仁清《にんせい》の宝尽《たからづく》しの水指《みづさし》といふので一ぷく頂戴《ちやうだい》しました。乙「ダガ福禄寿《ふくろくじゆ》には白鹿《はくろく》が側《そば》に居《ゐ》なければなるまい。甲「折々《をり/\》話《はな》しかを呼びます。乙「成程《なるほど》、ダガ此度《こんど》はむづかしいぜ、毘沙門《びしやもん》は。甲「ハテ岩崎弥之助君《いはさきやのすけくん》です、何《なん》だつて日本銀行総裁《にほんぎんかうさうさい》といふのだから金《きん》の利《り》ばかりも何《ど》の位《くらゐ》あがるか大層《たいさう》な事です、アノ御方《おかた》の槍《やり》でも突《つ》いて立つた姿は、毘沙門天《びしやもんてん》の相《さう》もあります、使者《つかひしめ》は百足《むかで》だと云《い》ふから百足《むかで》が幾千疋《いくせんびき》居《ゐ》るか知れねえから、金《きん》の足が何《ど》の位《くらゐ》あがるかしれねえとおもふのさ。乙「そこで布袋《ほてい》さんは。甲「御存生《ごぞんじやう》なら川田《かはだ》小《こ》一|郎《らう》君《くん》だね、腹《はら》の膨《ふく》れてゐる処《ところ》から体格《かつぷく》と云ひ、ニコヤカなお容貌《かほつき》と云ひ、頸《えり》が二重《ふタヘ》に成《な》つてゐる様子《やうす》はそつくりだね、何《なに》しろもう神《かみ》になつちまつて仕《し》やうがない、目下《もくか》では大倉《おほくら》喜《き》八|郎《らう》君《くん》さ。乙「ウム何《ど》う云《い》ふ処《ところ》で。甲「ハテ、愛嬌《あいきやう》もありなか/\大腹《おほつぱら》な仁《ひと》です、布袋和尚《ほていをしやう》に縁《えん》があるのは住居《すまゐ》が悉皆《みな》寺《てら》です、殊《こと》に彼程《あれほど》に成《な》るまでには、跣足《はだし》で流れ川を渡《わた》る様《やう》な危《あやふ》い事も度々《たび/\》有《あ》ツたとさ、遊ぶ時には大袋《おほぶくろ》を広《ひろ》げる事もあり、芸妓《げいぎ》も極《ご》くお酌《しやく》のから子供を多くお呼び被成《なさ》るのがお好《すき》だとさ。乙「時に困るのは弁天《べんてん》でせう。甲「まア富貴楼《ふつきらう》のお倉《くら》さんかね、福分《ふくぶん》もあり、若い時には弁天《べんてん》と云《い》はれた位《くらゐ》の別嬪《べつぴん》であつたとさ、宅《たく》は横浜《よこはま》の尾上町《をのへちやう》です、弁天通《べんてんどほ》りと羽衣町《はごろもちやう》に近《ちか》いから、それに故人《こじん》の御亭主《ごていしゆ》は亀《かめ》さんと云《い》ふからさ。乙「だツて紳士程《しんしほど》金満家《きんまんか》にもせよ、実《じつ》は弁天《べんてん》も男子《だんし》に見立《みたて》たいのさ。と云《い》つて居《ゐ》ると背後《うしろ》の襖《ふすま》を開《あ》けて。浅「僕《ぼく》が弁天《べんてん》です、僕《ぼく》が弁天《べんてん》さ。甲「おや貴方《あなた》は浅田正文君《あさだせいぶんくん》ではありませんか、シテ貴方《あなた》が何《ど》ういふ理由《わけ》で。浅田「ハテ僕《ぼく》は池《いけ》の端《はた》に居《ゐ》るからぢや。



底本:「明治の文学 第3巻 三遊亭円朝」筑摩書房
   2001(平成13)年8月25日初版第1刷発行
底本の親本:「定本 円朝全集 巻
前へ 次へ
全3ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング