ふさ》がって居りますから、名代部屋へ入れられ、同伴《つれ》もそれ/″\収まりがつきました。
 花「一寸《ちょい》とお前さん、御免なさいよ、直ぐ来ますからね鼠にひかれちゃアいけませんよ、ホヽヽヽヽ」
 客「全盛な花魁だから仕方がねえや、まア寛《ゆっ》くり行っていらッしゃい、屹度留守はしていらアな」
 花「まことに済まない事ねえ、何うか堪忍して頂戴よ、生憎《あいにく》お客が立《たて》こんでるもんだから、寝て仕舞ってはいやだよ」
 客「ハイ/\、天井の節穴でも数えているからいゝてえば」
 花「いま新造|衆《しゅ》に小説本でも持《もた》せてよこすからね、屹度寝てしまッちゃ厭よ」
 嫣然《にっこり》いたして吸付《すいつけ》煙草一服を機会《しお》に花魁は座敷を出てまいります。若い職人風の美男子《いゝおとこ》も、花里の全盛なのは聞きつたえておりまするし、殊に初会のことでげすから、左様《そう》打ちとけて話をすることもない。今夜はこれきり寝転《ねこか》しかとは思っていますが、同伴《つれ》の手前もあることで、帰るとも申し悪《にく》いのでもじ/\いたしている。寝ようと思っても引切《ひっき》りなしに廊下にひゞきます草履の音が耳につき、何うしても寝られるものでありません。すると座敷の障子がスーとあきますから、さて来たなと思いますと左様《そう》でない、有明の油をさしに来たのですから、えッ畜生《ちきしょう》だまされたかと腹は立ちますが、まさかに甚助らしいことも云われないので、寝たふりで瞞《ごま》かしている。いよ/\今夜は寝転《ねこか》しに極った、あゝ斯様《こんな》ことなら器用に宵の口に帰った方がよかったものと、眼ばかりぱちくり/\いたして歎息《たんそく》いたしています。花里の方でも初会ながら憎からず存じまする客でげすから、早く廻ろうとは思ってますけれど、何を申すも大勢な廻しのあることで、自儘《じまゝ》に好いた客の傍《そば》へばかり行っていることは出来ませんもんですから、漸《ようよ》う夜明になってこの座敷へまいりますると、うと/\しています様子。
 花「何うも済まなかったこと、堪忍して下さいよ、あら厭だ、狸なんかを極めてさ、くすぐるよ」
 と脇の下へ手を差し入れて、こちょ/\/\。
 客「フヽヽヽヽム、酷《ひど》いね花魁、あゝあやまった/\もう、フヽヽヽヽム、そんなに苛《いじ》めなくもいゝじゃないか、あやまったッたてえばよ」
 と腹這になれば、花里は煙草をつけて煙管《きせる》を我手で持ったまゝ一吸《ひとすい》すわした跡を、その儘自身ですい、嫣然《にっこり》いたし、
 花「オヽ寒くなったこと、もう浴衣《ゆかた》じゃア、明方《あけがた》なんか寒くて仕様がないわ」
 この職人体の美男子《いゝおとこ》は何物でございましょうか、花魁も初会惚《しょかいぼれ》でもしているらしく思われます。さて職人体の好男子《いゝおとこ》でございますが、あれは例のお若さんが根岸の寮で生みました双児《ふたご》、仕事師の勝五郎が世話で深川の大工の棟梁へ貰われてまいった伊之吉でございます。光陰は矢の如く去って帰らずとやら申しまして、月日の経ちますのは実に早いもので、殊に我々仲間で申しあげるお噺《はなし》の年月、口唇《くちびる》がべろ/\と動き、上腮《うわあご》と下腮が打付《ぶっつ》かります中《うち》に二十年は直ぐ、三十年は一口に飛ぶというような訳、考えてみますれば呑気至極でげすがな、お聞遊ばす方《ほう》でもそれで御承知下されて、お喋りする方でも詰らないところは端折《はしょ》って飛して仕舞うと申す次第で。大芳棟梁のとこへ貰われてまいった伊之吉、夫婦が大層可愛がって育て、おい/\と職を仕込みますが、実《まこと》に器用な質《たち》で仕事も出来て来る。多くある弟子達にも気うけは至極よろしく、若棟梁/\と立てられて、親の光りで何《いず》れへまいりましても引けは取らない。職の道にかけても年が若いから巧者こそありませんが、一通りの事は何をもって行っても人に指図《さしず》がしていかれる。それですからます/\評判はいゝ。大芳の若棟梁は今に立派なものになんなさる、親方さんも好《い》い養子をもらい当てゝ仕合せだ、あゝ甘《うめ》え塩梅しきに行《ゆ》けば実子がなくっても心配《しんぺえ》することはないなどと申して居ります。伊之吉は仲間にも顔が売れてまいれば追々|交際《つきあい》も殖《ふえ》る上、大芳棟梁もとより深川の変人、世間向《せけんむき》へ顔を出すなどは大嫌いでございますから、養子の伊之吉が人の用いもよく、用も十分に足りていくので、自分が出懸けねばならぬところがあっても、伊之やお前《めえ》往って来てくんねえな、と代理をさせるのでます/\交際《こうさい》はひろくなり、折にはこれから人々と共に遊びに行《ゆ》く事もあるが、決
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