ェ、途中ではぐれて誠に心配して居ります、もしや貴方《あなた》がたは女を一人お見掛けなさいませんか」
 旅「へえ旦那様もお女中|連《づれ》かね、やっぱり女ア連れて逃げてござらしったのけえ」
 文「これは怪《け》しからぬ、連れと申すは私の女房でござります」
 旅「あゝ左様かね、その女あ泥坊に勾引《かどわか》されて新潟へ売られてしまいましたよ」
 文「さては貴方は其の女を御覧になりましたか」
 旅「知ってますとも、年の頃二十五六で……」
 文「左様々々」
 旅「江戸っ子で色の白い、好《い》い女でありやした、だん/\話を聞いたところが、今こそ斯様[#「斯様」は底本では「斯斯」と誤記]《こん》な零落《おちぶ》れているが、昔は侍の娘だと云って大変|溢《こぼ》していやした、余《あんま》り気の毒だから、私《わっちや》ア別に百文気張って来ました」
 文「それは何時《いつ》のことですか」
 旅「先月十日頃、新潟で遊んだ女です」
 文「いや、それは違います、私の申すのは昨日《きのう》のことです」
 旅「はゝあ昨日、また其様《そん》な事がありましたかね、何方《どっち》の方へ連れて行って何処《どこ》へ売ったのでしょうか」
 文「これはしたり、それが知れぬからお前さんに尋ねるので……」
 旅「はア左様けえ」
 文「外《ほか》のお客様にお尋ねしますが、此の辺では左様なことが度々《たび/\》あるのでござりましょうか」
 乙「どうも此の辺は物騒な処で、冬向《ふゆむき》女連《おんなづれ》や一人旅では歩けませぬ、折々|勾引《かどわか》しや追剥が出ます」
 文「成程、その品物や女は何処へ売捌《うりさば》くのですか、御存じありますまいか」
 旅「まア重《おも》に新潟へ捌くそうで、何しろ新潟は広いから、一寸《ちょっと》気が付きませんからな」
 丙「此の間新潟の者の話に、海賊の大将が沖にいて、その子分達が女や金を奪って持ち運ぶとかいうことで、それで此の頃御領主様から船頭の達者なものと剣術の先生を欲しいと云って、江戸屋敷へ御沙汰になったそうでございます」
 文「成程、これから新潟へ往《ゆ》くには船で往く方が便利でしょうな」
 旅「はい、これから船で十六里、長岡へ着きまして、それから又船で十五里、信濃川《しなのがわ》を下《くだ》って新潟へ着くのでございます」
 文「左様か、それは千万|辱《かたじ》けない」
 と翌日《あくるひ》は意を決して新潟へ往《ゆ》く支度をして居ります。御案内でもございましょうが、十六里、十五里とも川舟《かわふね》で、夜に掛って往くのでございます。

  二十七

 さて文治は漸《ようや》く新潟に着きまして、古手町《ふるてまち》秋田屋清六《あきたやせいろく》方へ泊り、早速主人を呼びまして、
 文「御主人|外《ほか》の事ではないが、自分は仔細あって当地の海辺を見物したいと思うが、船の都合は何《ど》ういうものであろうな、それに就《つい》て途中で様子を聞くと、海賊が船中に忍んで居って此の辺を荒すということだが、そんな事もあるものかな」
 主「左様さまでしけえ、そんな噂をしやすもんな有りやすが、誰も是だアと云うものを見たもんが無《ね》えすけに、まア分りやしねえ」
 文「併《しか》し、そんな噂をいたす者もあるかなア」
 主「いえはアえらく有りやす、お上様《かみさま》でもえれい船頭と剣術|遣《つか》いが有らば宜《よ》いと、尋ね居《お》るだてえ話がありやした」
 文「噂があれば尚更のこと、海辺見物の船を出して貰いたいが、何《ど》うじゃな」
 主「いえ、それが往《い》けやしねえ、二三日沖は荒れ通していやす、まア一降り降りやすか風が変らねえば、とても沖へ出ることはなりやせん」
 文「はゝア、然《しか》らば舟子《ふなこ》が出ぬのかな」
 主「いくら銭を出しても命にゃア替えられねえと云って、往《い》く者がありやせん、まア二三日|逗留《とうりゅう》なさるが宜《よ》いね、また海でなくともへえ見物場《けんぶつば》アえらく有りやすでえ」
 文「そういう訳では何《ど》うも致し方がない、事によると二三日厄介になるかも知れぬ、兎も角も御飯の支度をしてくれんか」
 主人はにこ/\笑いながら、
 主「へえ御機嫌宜しゅう、こりゃアお客様に飯を上げろえ」
 後《うしろ》の襖《ふすま》を開けまして、年の頃四十前後の飛脚体《ひきゃくてい》の者、旅慣れた拵《こしら》えにて、
 旅「えゝ御免下せえまし、只今隣で聞いて居りますと、海辺を御見物なさりてえと亭主へお頼みなさりましたが、宿屋てえもなアいやはや狡《ずる》いもんでしてね、三四|日《か》御逗留を願《ねげ》えてえもんだから、あんな事を申しやす、私は此の辺を歩きます旅商人《たびあきんど》で、こゝらの船頭に幾干《いくら》も知った者がありやすから、直《す》ぐに頼
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