イざいますか」
と首を傾けました。
三十七
紋左衞門は一服吸って煙草盆を叩きながら、
紋「その剣術の先生様がな、お前様《めえさま》の字イ書くのを見て、此の女ア只者《たゞもの》じゃア無《ね》えちゅうて、わざ/″\越後からお前様に会いにござらしって、私《わし》が家《うち》にいるだ、悪い事アあんめえから、ちょッくら私が家へござらっしゃい」
お町は暫く考えて居りましたが、
町「えゝ其の先生と申すのは、まったく江戸のお方でございますか」
紋「言葉の様子では全く江戸のお方に相違ねえだ」
時にお町は、
「その剣術の先生というのは若《も》しや蟠龍軒ではないか知らん、まこと蟠龍軒にしたところが、夫の誡《いまし》めもあるゆえ我身一人で手出しはならぬ、また蟠龍軒にあらずとも、江戸のお侍に此の今の姿を見られるのも心苦しい」
と思いまして、
町「はい、あなたの御親切はまことに辱《かたじけ》のうございますが、零落《おちぶ》れ果てたる此の姿、誰方《どなた》かは存じませぬが、江戸のお侍に会いますのは心苦しゅうございます、何卒《どうぞ》お断り下さいまし」
紋「いや、それは宜《よ》くあんめえ、たとえ昔は何様《どん》な身分だっても今は今じゃねえか、海賊を退治して御領主様から莫大《ばくだい》の御褒美を頂きなすった位の大先生だ、会って悪いこともあんめえから、会うが宜《よ》いじゃねえか、事に依《よ》って金でも呉れさしったら、その金で路用も出来るてえもんだ、二つにはまた我《わ》が亭主の居所も知れるかも知れねえだ、そんな因業《いんごう》なことを云わねえで、私《わし》と一緒に往《い》かっせえ」
町「いゝえ、思召《おぼしめし》は有難う存じますが、お断り申します」
紋「まア然《そ》う云わねえでござらっしゃい」
町「此の儀ばかりは何《ど》うぞお免《ゆる》し下さいまし」
と押問答して居りますると、表の方《ほう》にて大伴蟠龍軒|外《ほか》二人《ににん》が、
「えゝ、そんな事であろうと思って、表に立って聞いていた、御免よ」
と押取刀《おっとりがたな》で入ってまいりました。お町は素《もと》より顔を知らぬものですから、蟠龍軒とは心付かず、
町「いゝえ、お恥かしゅうござんす」
と裏口から逃出しました。
大「それッ」
と云うより早く、遠見《とおみ》に張って居りました門弟|一人《いちにん
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