ワせぬ、二つ持ってカチ/\叩いて居りますると、熊はむっくり起き上って、のそり/\とお町の前へまいりまして、その胡桃を取ろうとする様子でありますから、お町は震え上って、思わず持っていた胡桃を投出しました。熊は一向騒ぐ気色もなく、静かに其の胡桃を取上げて二つ三つ口へ入れましたが、忽《たちま》ちぽり/\と二つに割って、それを両手に乗せてお町の前に出しました。さては私に食べろということかと、そっと一つ取りまして熊の顔を見ながら食べました。又二つ三つと其の通りにして食べますると、熊も安心の様子にて我子の側にころりと寝転んで、児《こ》に乳を呑まして居ります。お町は漸《ようや》く胸を撫でおろして、
町「この猛獣までが私を助けてくれるか、あゝ有難い、これと云うのも日頃念ずる神様が此の熊に乗り移って我身を守護して下さるのでありましょう、此の上ともに首尾|好《よ》く穴を脱《ぬ》け出《い》で、夫文治殿に逢わして下さいますよう祈り奉ります」
と一心不乱に祈りまして、
町「どうしたら此の穴を出ることが出来るか知らぬ」
と足掛りのする処へ足を掛けて立上っては見ますが、前にも申す如く此の穴は熊が自身に掘ったのでなく、天然の穴を用いたので有りまして、さながら井戸の如き切立《きった》て、深さも二三丈はありまして、其の穴からまた横に掘ったのでございます。熊は慣れて居りますから自由に出入《でいり》いたしますが、人間|殊《こと》に女子《じょし》の身では熊のように自在に飛上ったり飛下りたりする事が出来ませぬ。居《お》るともなしに此の穴の中で余程の日数《ひかず》を費《ついや》しました。熊は折々雪の塊《かたまり》を持って来ては児にも食《は》ませ、自分にも喰い、またお町の前へも持ってまいります。ところが段々その雪も解けて失《なくな》る時分になりますと、穴の隅からたら/\と清水が垂れてまいります。さア然《そ》うなると一日々々とだん/″\寒くなってまいりまして、もう穴の中に居耐《いたゝま》らぬ位になりました。獣類とは申しながら熊は誠に感心なもので、清水が滴《したゝ》るようになったので、熊の児を穴の途中まで出しました様子、お町の心配は何程か知れませぬ。さては神様が我身を見殺しにする思召《おぼしめし》か、情ないと思って居りますと、親熊が頻《しき》りにお町の前へ来て、後向《うしろむき》に脊中を出して居ります。お町も
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