熏s《ゆ》けば国か島かへ上《あが》れるものを、一体|何《ど》うしたのか知らん」
 吉「今、私《わし》どもが喰った弁当は宿屋から呉れましたか、それとも小頭《こがしら》か、いやさ彼《あ》の相宿《あいやど》の者がくれたのですか」
 文「飛脚体《ひきゃくてい》の旅人が折角くれると云うから貰って来た」
 吉「えッ、あの相宿の飛脚から……やアしまった、秋田屋の印《しるし》の重箱だから、腹の減ったまぎれに油断して喰ったのが……」
 文「なに、油断して喰った、それじゃア相宿の飛脚は怪しい者か」
 吉「旦那、これが因果応報というのでござんしょう、何《なん》だか私《わっち》も腹が痛くなりました、済まねえが旦那|気付《きつけ》を一服下せえまし」
 文「やア其方《そち》も腹痛か」
 吉「旦那、大変な事をいたしました、真ッ平《ぴら》御免下せえまし、実は私《わっち》らは海賊の手下でござんす、あの旅人に姿を扮《やつ》していたなア小頭の八十松《やそまつ》という者で、貴方を親船へ連れて往って、懐中にある百両余りの金と大小衣服を剥ぎ取って、事に依《よ》ったら貴方をば手下にするか、殺すかしてと相談しましたが、一昨日《おとゝい》宿屋を出る時に手強《てごわ》い奴と思ったかして、弁当の中へ毒を入れたのでござんしょう、それとも知らず自分の弁当は流してしまい、旦那の持って居なさる弁当箱には秋田屋の印《しるし》がござんすから、二日|二夜《ふたよ》さの飢《ひも》じさに浮《うっ》かり喰ったのが天道様《てんとうさま》の罰《ばち》でござんしょう、旦那、宥《ゆる》して下せえまし」
 文「成程、分った、新潟を出る時に怪しい奴と思わぬでもないが、それ程の奴とは心付かなんだ、そう貴様が懺悔《ざんげ》するからは其方《そち》の罪は宥して遣《つか》わす、さア今少し薬を呑んで助かれ、庄藏とやらはとても助からんぞ」
 吉「旦那ア、私《わっち》も最早《もう》いけません、眼が眩《くら》んで旦那の顔さえ見えなくなりました」
 文「これ、吉とやら宜《よ》く聞けよ、生前に何《ど》の様な悪事を働いても、臨終《いまわ》の際《きわ》に其の罪を懺悔すれば、慈悲深き神様は其方《そち》の未来を加護し給うぞ、さらりと悪心を去って静かに命数の尽《つき》るを待て」
 吉「あ、あ、有難うがす、私《わっち》も今更|発心《ほっしん》しました、死ぬる命は惜《おし》みませぬ、何
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