娘を連れて此の茶屋の二階へ上《あが》り、御酒《ごしゅ》は飲みませんから御飯《ごぜん》を上っていました。此の娘は年頃十八九になりましょうか、色のくっきり白い、鼻筋の通った、口元の可愛らしい、眼のきょろりとした……と云うと大きな眼付で、少し眼に怖味《こわみ》はありますが、是《もっと》も巾着切《きんちゃくきり》のような眼付では有りません、堅いお屋敷でございますから好《よ》い服装《なり》は出来ません、小紋の変り裏ぐらいのことで、厚板の帯などを締めたもので、お父《とっ》さまは小紋の野掛装束《のがけしょうぞく》で、お供は看板を着て、真鍮巻《しんちゅうまき》の木刀を差して上端《あがりばな》に腰をかけ、お膳に酒が一合附いたのを有難く頂戴して居ります。二階の梯子段の下に三人車座になって御酒を飲んでいる侍は、其の頃|流行《はや》った玉紬《たまつむぎ》の藍《あい》の小弁慶《こべんけい》の袖口がぼつ/\いったのを着て、砂糖のすけない切山椒《きりざんしょ》で、焦茶色の一本独鈷《いっぽんどっこ》の帯を締め、木刀を差して居るものが有ります。火の燃え付きそうな髪《あたま》をして居るものも有り、大小を差した者も有り、大髷《おおたぶさ》の連中《れんじゅう》がそろ/\花見に出る者もあるが、金がないので往《ゆ》かれないのを残念に思いまして、少しばかり散財《ざんざい》を仕ようと、味噌吸物《みそずいもの》に菜のひたし物|香物《こう/\》沢山《だくさん》という酷い誂《あつら》えもので、グビーリ/\と大盃《おおもの》で酒を飲んで居ります。二階では渡邊織江が娘お竹と御飯《ごぜん》が済んで、
織「これ/\女中」
下婢「はい」
織「下に従者《とも》が居《お》るから小包を持って来いと云えば分るから、然《そ》う云ってくれ」
下婢「はい畏《かしこ》まりました」
とん/\/\と階下《した》へ下りまして、
下婢「あの、お供さん、旦那があの小さい風呂敷包を持って二階へ昇《あが》れと仰しゃいましたよ」
喜「はい畏まりました」
と喜六と云う六十四才になる爺さんが、よぼ/\して片手に小包を提げ、正直な人ゆえ下足番が有るのに、傍《わき》に置いた主人の雪踏《せった》とお嬢様の雪踏と自分の福草履三足一緒に懐中《ふところ》へ入れたから、飴細工の狸見たようになって、梯子を上《あが》ろうとする時、微酔機嫌《ほろよいきげん》で少し身体が斜《よこ》
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