奉公大切に勤めているだが、お前《めえ》さんは何処にいるだ」
大「拙者は根岸の日暮《ひぐれ》ヶ岡《おか》に居《お》る、あの芋坂《いもざか》を下りた処に」
權「私《わし》の処へは近《ちけ》えから些《ちっ》と遊びに来なよ、其の内私も往くから」
若「これ/\其様《そん》なことを云っては成りません」
權「今日は大将がいるから此処で別れるとしよう、泣く子と地頭にゃア勝《かた》れねえ」
 と他の家来衆も心配して彼是云いますので、其の日は別れ、翌日大藏は權六の家《うち》へまいりましたから、權六悦びました。此の大藏はもと越後守様の御家来で、遠山龜右衞門とは同じ屋敷にいた者ゆえ、母もお千代も見知りの事なれば、
「お互いに是は思い掛けない、縁と云うものは妙だ、国を出たのは昨年の秋で、貴方も国にお在《いで》のないという事は人の噂で聞きました」
大「お前も御無事で、殊《こと》に御夫婦仲も宜し、結構で」
權「まアね、お母《ふくろ》も誠に安心したし、殿様も贔屓にしてくれるだが、扶持も沢山《たんと》は要《い》らない、親子三人喰うだけ有れば宜《い》いてえに、其様な事を云わずに取って置くが宜いって、種々《いろ/\》な物をくれるだ、貰わねえと悪いと云うから、仕方なしに貰うけれども、何でも山盛り呉れるだ、喰物《くいもの》などは切溜《きりだめ》を持ってって脊負《しょ》って来《こ》ねえばなんねえだ、誠にはア有難《ありがて》え事になって、勿体ねえが、他に恩返《おんげえ》しの仕様がねえから、旦那様を大切《でえじ》に思って、不寝《ねず》に奉公する心得だが、貴方《あんた》は今の若さで遊んでいずに、何処かへ奉公でもしたら宜かろう」
大「拙者も然《そ》う思ってる、迚《とて》も国へ往ったっていけんから、何処ぞへ取付こうと思うが、御当家でお羽振の宜《い》いお方は何というお方だね」
權「私《わし》ア其様な事は知んねえ、お国家老の福原數馬《ふくはらかずま》様、寺島兵庫《てらじまひょうご》様、お側御用|神原五郎治《かんばらごろうじ》様とかいう奴があるよ」
大「奴とは酷《ひど》いね」
權「それに此間《こねえだ》ちょっくら聞いたが、御当家には智仁勇の三人の家来があるとよ、渡邊織江《わたなべおりえ》さんという方は慈悲深い人だから是が仁で、秋月喜一郎《あきづききいちろう》かな是はえら剛《きつ》い人で勇よ、えゝ何とか云いッけ……戸村主水《と
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