じ》なお人で、私は家来《けらい》でござえますから、永らく居る内にはお互《たげ》えに心安立《こゝろやすだ》てが出て来るだ」
富「これ/\心安立てという事がありますか」
權「するとお大名《でえみょう》は誠に疳癪持だ」
富「これ/\」
殿「富彌又口を出すか、宜しい、控えよ、実に大名は疳癪持だ、疳癪がある、それから」
權「殿様に我儘が起《おこ》れば、私《わし》にも疳癪が有りますから、主人に間違った事を云われると、ついそれから仲が悪くなります、時々逢うようにすれば、人は何となく懐かしいもので、あゝ会いたかった、宜く来たと互《たげ》えに大騒ぎをやるが、毎日《めえにち》傍にいると、私が殿様の疳癪をうん/\と気に障らねえように聞いていると、私が胡麻摺になり、※[#「言+滔のつくり」、第4水準2−88−72]諛《へつれえ》になっていけねえ、此処にいる人に偶《たま》には些《ちっ》とぐれえ腹の立つ事があっても、主人だから仕方がねえと諦め、御前さまとか御飯《おまんま》とかいう事になって、実の所をいうと然ういう人は横着者だね」
殿「成程左様じゃ、至極左様じゃ、正道《せいどう》潔白な事じゃ、これ權六、以来予に悪いことが有ったら其の方|諫言《かんげん》を致せ、是が君臣の道じゃ、宜しい、許すから居てくれ」
權「尊公《あんた》がそれせえ御承知なら居ります」
殿「早速の承知で過分に思う、併し其の方は剣道も心得ず、文字《もんじ》も知らんで、予の側に居《お》るのは、何を以て君臣の道を立て奉公を致す心得じゃ」
權「他に心得はねえが、夜夜中《よるよなか》乱暴な奴が入《へえ》るとなりませんから、私《わし》ゃア寝ずに御殿の周囲《まわり》を内証《ないしょう》で見廻っていますよ、もし狐でも出れば打殺《ぶっころ》そうと思ってます」
殿「うん、じゃが戦国の世になって戦争の起った時に、若《も》し味方の者が追々敗走して敵兵が旗下《はたもと》まで切込んでまいり、敵兵が予に槍でも向けた時は何う致す」
權「然うさね、其処《そこ》が大切だ」
殿「さ何う致して予を助ける」
權「そりゃア尊公《あんた》どうも此処に一つ」
 と權六は胸をたゝき、
「忠義という刄物が有るから、剣術は知らねえでも義という鎧を着ているから、敵が槍で尊公に突掛《つきか》けて参《めえ》れば、私《わし》ア掌《て》で受けるだ、一本脇腹へ突込まして、敵を捻《ひね》り倒して
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