「へえー山ん中に……問屋《といや》でしょう」
侍「なに茅屋《あばらや》」
○「え、油屋《あぶらや》」
侍「油屋じゃアない、壊れた家をあばらやという」
○「確《しっ》かりした家は脊骨屋《せぼねや》で」
侍「そう先走っては困る、其家《そこ》へ行って拙者は武辺修行《ぶへんしゅぎょう》の者でござる、斯《か》かる山中《さんちゅう》に路《みち》に踏み迷い、且《かつ》此の通り雨天になり、日は暮れ、誠に難渋を致します、一樹《いちじゅ》の蔭を頼むと云って音ずれると、奥から出て来た」
○「へえー肋骨《あばらぼね》が出て、歯のまばらな白髪頭《しらがあたま》の婆《ばゞあ》が、片手に鉈《なた》見たような物を持って出たんだね、一つ家《や》の婆で、上から石が落ちたんでげしょう」
侍「然《そ》うじゃアない、二八余りの賤女《しずのめ》が出たね」
○「それじゃア気が無《ね》え、雀が二三羽飛出したのかえ」
侍「賤女《しずのめ》」
○「えゝ味噌汁《おつけ》の中へ入れる汁の実」
侍「汁の実じゃアない、二八余り十六七になる娘が出たと思いなさい」
○「へえー家《うち》に居たんだね、容貌《おんな》は好《よ》うごぜえやしたろうね、容貌《おんな》は」
侍「そんな事は何うでも宜しいが、能《よ》く見ると乙《おつ》な女さ」
○「へえー、おい鐵、此方《こっち》へ寄れ、ちょいと見ると美《い》い女だが、能く見ると眇目《めっかち》で横っ面《つら》ばかり見た、あゝいう事があるが、矢張《やっぱり》其の質《たち》なんでしょう」
侍「足下《そっか》が喋ってばかり居っては拙者は話が出来ぬ」
○「じゃア黙ってますから一つやって下せえ」
侍「それから紙燭《しそく》を点《つ》けて出て来て、お武家さま斯様な人も通らん山中《やまなか》へ何うしてお出でなさいました、拙者は武術修業の身の上ゆえ、敢《あえ》て淋しい処を恐れはせぬが如何にも追々|夜《よ》は更けるし、雨は降って来る、誠に難渋いたすによって一泊願いたいと云うと、何事も行届《ゆきとゞ》きません、召上る物も何もございませんし、着せてお寐《ね》かし申す物もございません、それが御承知なれば見苦しけれども御遠慮なくお泊り遊ばせと、親切な女で汚い盥《たらい》へ谷水を汲んで来て、足をお洗いなさいというので足を洗いました」
○「へえー其の娘の親父か何かいましたろう」
侍「親父もいない、娘一人で」
○「へえー……
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