なら其の様にちゃんと己に斯ういう訳でお供を仕なければならぬがと、宜く己に得心させてから行《い》くが宜《い》い、ふいと黙って立っちまっては大変だと思ったから、遅くなりましてもと御門番へ断って来たんだ、えゝおい」
忠「お供してまいらなければならないんだよ、お嬢様は脾弱《ひよわ》いお体、若旦那さまは未だお年がいかないから、信州までお送り申さなければなりません、お屋敷へ帰る時節があれば結構だが、容易に御帰参は叶うまいと思うが、長々《なが/\》留守になりますから、お前さんも身をお厭《いと》いなすって御大切《ごたいせつ》に」
岩「其様《そん》なことを云ったって仕様がない、己は他に子供はない、お菊と手前《てめえ》ばかりだ、ところが菊は彼《あ》んな訳になっちまって、己《おら》アもう五十八だよ」
忠「それは知ってます」
岩「知ってるたって、己《おれ》を置いて何処《どこ》かへ行ってしまうと云うじゃアねえか、前の金太《きんた》の野郎でも達者でいれば宜《い》いが、己も此の頃じゃア眼が悪くなって、思うように難かしい物は指せなくなって居るから困る」
忠「困るって、是非お供をしなくっちゃアなりません」
岩「成らねえたって己を何うする」
忠「私が行《い》って来るうち、お前は年を老《と》ったって丈夫な身体だから死ぬ気遣いはありません」
岩「其様《そん》な事を云ったって人は老少不定《ろうしょうふじょう》だ、それも近《ちけ》え処ではなし、信州とか何とか五十里も百里もある処へ行くのだ、人間てえものは明日《あす》も知れねえ、其の己を置いて行くように宜《よ》く相談してから行け、手紙一本投込んで黙って行っちまっては親不孝じゃアねえか」
忠「それは重々私が悪うございましたが、相談をして又お前に止めたり何かされると困るから……これは武家奉公をすれば当然《あたりまえ》のことで」
岩「なに、武家奉公をすれば当然《あたりまえ》だと、旦那さまが教えたのか」
忠「お教えがなくっても当然《あたりまえ》だよ」
岩「然《そ》ういうことを手前《てめえ》は云うけれども、親父を棄てゝ田舎へ一緒に行けと若旦那やお嬢様は仰しゃる訳はあるめえ」
忠「それは送れとは仰しゃらんのさ、若旦那様や嬢様の仰しゃるには、老《と》る年の親父もあるから、跡に残った方が宜かろう、と云って下すったが、多分にお手当も戴き、形見分けも頂戴し、殊《こと》に五ヶ年も奉公
前へ 次へ
全235ページ中112ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング